第73話 お土産配り。

 ヘレンミラー街道に吹く風は心地良い。

 今日は早めに出たこともあって、人の数はまばらだ。

 モチに揺られて跳ねる鞄の重みが肩に伸し掛かるのも、悪い気はしない。

 この鞄には沢山のお土産が詰め込まれている。

 詰め込み切れなくてぶら下がっているくらいだ。

 遠目から見ればちょっとした旅商人のようにも見えるかもしれない。

 キャラナは徒歩移動だったんだろうか?


「ん……着いたな」


 もはや通い慣れた道とも言える街道の先、アンスバッハの門が見えた。

 形成されつつある列の最後尾に並び、ボーっと空を眺める。

 この待ち時間が嫌いじゃなかった。

 しかし今回はあまり眺める時間がなく、早々に順番が回ってきてしまった。

 荷物も重かったし助かるのだが、ちょっと残念。


「はい、次」

「やぁ」

「おっ、久しぶりだな」


 門番って交代制じゃないのだろうか。

 ダイン君が気さくに手を上げるので、それに振り返す。


「なんだ、いつもは帰る時に荷物が多いのに今日は逆だな」

「ちょっと旅行に行ってたからね。そのお土産」

「お、ありがとう!」

「いや、ダインの分はない」

「なんでや!!」

「冗談ですがな」


 ちゃんとダインの分も買ってましたとも。

 ゾーイさん達に腕輪をと思った時にダインのことを思い出して買っていたのだ。

 と言っても買って帰る途中で思い出してたからギリギリだったけど。

 我ながら薄情なものである。


「はい、これ」

「おー、なんかお洒落~。ありがとうな」

「いえいえ。じゃあまた夕方に」

「おう」


 ダインと別れ、町に入る手続きをして中へ入る。

 いつもと変わらぬ光景に凄く安心している自分がいた。

 住み慣れた町でもないのにこんな気持ちになれるのって少し嬉しい。


 早速足を運んだのは雑貨屋だ。

 今回一番お世話になったのはここである。


「ごめんくださーい」

「あら、おはよう」


 店先の落ち葉を箒で掃いている店主のおばちゃんに挨拶をした。

 早速お土産を差し出す。


「ちょっと遠出しまして。これお土産です」

「あらぁ綺麗ね。鏡もついてるじゃない」

「そうなんですよ。ちょっとした小物も入るんですよ」

「嬉しいねぇ。ありがとうね」


 喜んでもらえたようで嬉しい。

 エプロンのポケットに仕舞った店長さんは俺が背負う荷物を見て笑う。

 首を傾げているとごめんなさいね、と言って理由を話してくれた。


「それ全部お土産かと思ったらびっくりしちゃってね」

「あはは……買い込んじゃいました」

「じゃあここで引き留めてちゃ悪いわね。さっさと配ってあげなさいな」

「ありがとうございます。また来ますんで」

「えぇ。楽しみにしてるわよ」


 手を振る店長さんに手を振り返し、店を後にする。

 後にしてから思い出したのだが、店長さんのお名前を聞くの忘れてた。


「戻って聞くのも変な感じだしな……また今度でいいか」


 店長さんと別れて今度は鍛冶屋へやってきた。

 相も変わらず鉄を打つ音と高温が俺を出迎えてくれる。


「こんにちはー!」

「ぁあ!? おぉ、クラインか! まだ仕上がってねーぞ!」


 めちゃくちゃドスの利いた反応に一瞬肩を竦めたが、来訪者が俺と分かった途端に声色が180度反転したデリングさん。

 金槌を置いてこちらへやってくるとガシガシと俺の髪を掻き混ぜた。


「ち、違いますよ、今日は。ちょっと遠出したのでお土産持ってきたんですよ」

「お~。嬉しいじゃねぇか。なんだ、見せてくれ」

「これです」


 鞄から布で包んだエプロンを手渡す。

 布を捲るデリングさん。

 その手がぴたりと止まった。


「クライン……お前、これをどこで?」

「どこって言うか……革細工専門の露店があって、そこで」

「お前これ、とんでもないもんだぞ?」


 布から取り出したエプロンをバサリと広げる。

 黒革の艶が炉の炎に反射して妖しく照り返す。

 大きいポケットやループもついててとても便利そうなナイトメアベア革のエプロンだ。


「ナイトメアベアっていうでかい熊の革だって露天商は言ってましたね。ちょっと高かったですけど、使いやすそうだったんで。丈夫そうだし。革だし」

「お前なぁ……いや、言ってもしゃあねぇか……。ありがとうな、一生モンの宝だよ」


 早速エプロンを身に着けるデリングさん。

 うん、ばっちりだ……思っていた通り、めちゃくちゃ似合っている。


「そんな、ハハッ、言い過ぎですよ。じゃあまた出来上がったら受け取りに来ますから」

「あと1週間くらいしたら取りに来れるか?」

「あー……またちょっと出掛ける用事があって」

「じゃあ預かっておく。ちゃんと帰って来いよ」


 そう言ってまたガシガシと乱暴に撫でられた。

 髪が絡まってグッチャグチャになるが、嫌な気持ちは全然しなかった。


「はい、いってきます!」

「おぅ!」


 鍛冶屋を出たところでモチがジッと目で訴えてくる。

 そろそろお昼。

 出発が早かったからそろそろごね始める頃合いだと思っていた。


「次はパン屋さん行こっか。お土産渡してパン買おうな」

「ふん」

「俺もお腹ペコペコだよ」


 急かされながらパン屋に到着した俺達は一旦、外から店内を伺う。


「んー……昼のパンは売れて落ち着いた頃、か……?」


 なんて覗いてたら視界の外から急にウィルナーさんが覗き込んできた。


「わぁ!?」


 驚く俺を店の中から指差して笑うウィルナーさん。

 おっとりしてるんだかお茶目なんだか本当に掴めない人だ。

 ケラケラと笑いながら店から出てきたウィルナーさんは目に浮かんだ涙を指先で拭いつつ声を掛けてきた。


「どうしたの~」

「お邪魔じゃないかなって確認してたんですよ!」

「なんかボサボサ頭の男の子とおっきい猫ちゃんが覗いてるな~って思ったらそんなことね。気にしなくていいのに」


 言われて頭がぐっちゃぐちゃになったままだったのを思い出して慌てて直す。

 それから鞄に引っ掛けていた3つの木製ボウルを手渡した。


「これは?」

「ちょっと遠出した先で見つけたのでお土産にどうかなって。発酵する時に入れたら模様っぽくなりそうだったので」

「あらあらあら! それってとても素敵ね!」


 思った通りの反応だった。

 いや、思っていた以上だろうか。

 俺もこれで発酵させたらきっと面白いと思っていたから何だか嬉しいな。


「早速焼いてみようかしら。食べてく?」

「まだ行かなきゃいけないところがあって……でも俺もモチもお腹ぺこぺこなので1つ買わせてください」

「そんな水臭いこと言わないで」


 そう言ってウィルナーさんは店に戻ってパンを1つ持ってきて俺に押し付けた。


「お土産のお礼だから受け取ってね」

「お礼のお土産だったんですけど……いや、有難く受け取っておきます」

「そうね、その方が良いわ」


 おっとりしててもこういうところは譲らないのがウィルナーさんだ。


「じゃあまた寄ってね」

「はい、また来ます。その時は食事しましょう」

「ふふ、約束よ」


 パンを受け取り、店を後にした俺達は歩きながら分けて食べた。

 俺が1/3で残りがモチ。

 ちぎって食べさせながらこれから向かう先を改めて確認する。

 あとはゾーイさんのところとスパイス屋さんとイリスのところか。


「よし……まずはスパイス屋さんに行こうか」


 パンを食べながら俺達は次の目的地へ向けて歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る