第78話 6人旅。
俺は俺が思うよりも体力が雑魚らしい。
「ありがとう、モチ」
「……」
二人乗りの使役獣用鞍に跨った俺はくったりとしながらモチにお礼を言うが、無視を食らう。
「まったくもう、情けないな~」
「俺はお前みたいな冒険者じゃないんだ」
「バフももらってるのにぃ」
ケットの『
つまり、体力がカスだと力を抜いて走っても息は上がるのだ。
「鍛え方が足りん。その点、イリスは優秀だな」
「クラインくんとは違うのだよ、クラインくんとは」
「ぐぬぬ……」
体力を上げるバフ魔法もあるにはあるが、そこまで負担を掛けてやるようなことでもない。
とはいえモチの負担になっているのから完全にお荷物ではあった。
エルフの里テュランスまでは、片道で5日間掛かっていた。
今回は少しそこから少し道を逸れて北北東へと進み、途中にある谷を避けて東へ進み、そこから北へと進む。
すると湖沼地帯が見えてくる。
そこが灰爬族が住む【スピラネリア湖】だ。
このスピラネリア湖はレギオン山脈で一番高い山、グラヴィオ山と関係がある。
グラヴィオ山のモチーフになったテラ・グラヴィオンが乗る愛馬の名前がスピラネリアで、とても長命な種族の馬だったという。
テラが亡くなった後、一人生きたスピラネリアが最期に辿り着いた戦場以外の場所……そこが一つの湖だった。
その湖は死の湖、黒死の湖。
長旅で疲れたスピラネリアは湖畔からその湖の水を飲んだ。
すると命は一瞬にして奪われ、神の軍を率いた総大将の愛馬は亡くなったのだ。
しかし長命な種であったスピラネリアにはまだまだ寿命が残っていた。
その寿命を使って、黒死の湖は浄化され、世界で一番美しい湖に生まれ変わった。
という伝説があると、ウーゴが教えてくれた。
ウーゴもまた、灰爬族のシュレイドから聞いたと言っていたので、この話は灰爬族の伝承のようなものなのだろう。
もちろん、そのスピラネリア湖が黒死の湖だったというのは伝説で、実際にはそんなことはなかったと思う。
それでも世界一美しい湖というのはきっと間違いではないのだろう。
俺も今から楽しみだ。
□ □ □ □
旅は順調そのものだ。
今日で5日目。
エルフの里の周辺までやってきた。
といっても元より道の逸れた旅。
同じ日程の距離でも位置は全く別の場所である。
しかしエルフの里の結界は広い。
もしかしたらギリギリ感知されている可能性もあるが……まぁ、コルタナに話は通っているから気にすることもないだろう。
現在の時間は昼を少し過ぎた辺りだ。
旅はもう当然のように俺がモチの上で進んでいる。
時々、イリスも休憩の為に乗るが、その場合は代わりに俺が降りることにしている。
モチへの負担が大きすぎるからだ。
時々走り、モチに乗り、全員で休憩し、また進む。
その繰り返しだ。
俺としては情けないことではあるが、これが一番早く、効率良く進める。
効率重視の俺としてはプライドを捨ててモチに乗っかり続けたいところだが、これはゲームではないのでそうもいかない。
存外、走るのも苦ではなかった。
と言ってもバフ魔法を掛けて貰っているので甘えっぱなしだが、この道なき道を走るというのはとても野性的で楽しい。
踏んだら滑りそうな場所は避け、同時に頭上も注意して、最短で先頭を追う感覚……これはゲームでは味わえない感覚だった。
そうして駆け抜けた先に見える景色というのは何にも代えられない美しいものだった。
「おーっし。今日はここで終わりにしよう!」
「ふぅ……あっつ……」
「疲れたぁー!」
「にゃあん」
目の前に広がるのは大きな谷。
真一文字に広がるここは『ゼノンの一太刀』と呼ばれる谷だそうだ。
これもまた
対岸までは大体目測で300メートルくらいか。
聞けば広いところではもっと倍以上の広さがあるらしい。
深さに関しては、底が見えないので分からなかった。
こんなどでかい谷を作るような斬撃とは……まさに神の軍の名に相応しい一撃だ。
幸いにもこのゼノンの一太刀は東にずーっと進むと谷の終わりがある。
向こう側と繋がる地点があるのだ。
ちなみにずっと西に向かうとエルフの里があり、ついでに吊り橋もある。
どうせこのまま北上するのなら東に行こうという判断だ。
そりゃそうだよな、これまで北北東に進んで距離を稼いできたのにわざわざ西に行く必要はまったくない。
それに、この谷の東端からまっすぐ北上すると湖沼地帯にぶつかるので東に進むのがちょうどいいのだ。
「クライン、頼む!」
「おう」
ケイの呼び掛けに答え、クラフトブックを開く。
取り出すのは【丸太倉庫】だ。
俺とモチが暮らす家の元になった【丸太小屋】とは別の、本当に倉庫扱いされるサイズの建物だ。
丸太小屋を建てた時に少し説明したが、エタデで倉庫扱いされているのは丸太小屋の方だ。
何故丸太倉庫があるのに丸太小屋が倉庫扱いされているのかというと、丸太倉庫は狭い。
本当に狭くて倉庫として機能しないのだ。
なので丸太小屋が倉庫として優秀なのである。
話が逸れた。
この丸太倉庫は事前に作業台を使ってクラフトしたものをクラフトブックに入れておいた物だ。
広さは四畳半くらいで、しかし倉庫だけあって高さがある。
そこに入れるのはクラフトレベルが上がって解放された【二段ベッド】だ。
そいつを3つ、中へ押し込む。
今回の遠征に参加しているのは俺、イリス、ケイ、ケット、ウーゴ、モチの6名だ。
全員分のベッドとなると縦に並べてギチギチに入れるしかなかったのだ。
お蔭で倉庫内はベッド以外は何も置けないくらいの狭さになっている。
全員がベッドに入って、最後の一人が荷物を中へ入れてからベッドに入れば何とかなるだろう。
「凄いね、野宿じゃないなんて」
「クラインくんのスキルのお蔭だね~!」
「にゃあん」
女子組が倉庫に出たり入ったりしながらきゃっきゃと騒いでいる。
全員が野宿経験者だろうし、こうして外でもベッドで眠れるのは嬉しいのだろう。
「食料も任せっきりですまないな」
「大丈夫だよウーゴ。有り余ってるからさ」
「クラインの作る飯うめぇんだよなぁ」
首長の右腕が申し訳ないという態度なのに対し、首長は地べたに座って飯待ちだ。
本当にこいつ長の自覚あるんだろうか?
だが嫌いじゃない。
先日、無事に問題が解決したことで持ち込めるようになったフライパンでサイコロ状に切った鹿肉ステーキを振る舞い、その日は朝までぐっすりと休むことができた。
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