第79話 ゼノンの一太刀を越えて。
日が昇る少し前、俺達は野営地から出発した。
ベッドも倉庫もクラフトブックに仕舞い込み、日が昇り始めた東へと向かう。
普段過ごしている拠点からは薄っすらと背景のようにしか見えないレギオン山脈も、ここまで進めばはっきりと見えてくる。
その稜線を燃えるような赤とオレンジを混ぜた光が綺麗になぞっていた。
眩い日光の赤ちゃんに目を細めながらも、俺達は昨日同様にケットのバフ魔法の加護を受けながら走っていた。
「ふわぁ~……」
「なんだ、眠れなかったのか?」
「ケイくんのいびきが大きくて3回は起きちゃったよ~」
モチの隣を走るイリスが大あくびをするのでついつい話し掛ける。
確かにケイのいびきはうるさかった。
なんというか、起きてても寝てても豪快なんだよな。
「あんだよ、寝たモン勝ちだろ~?」
「3秒で寝付く奴に勝てるわけないだろう」
「おめぇだってすぐ寝る方だろ! 2秒で寝ろ!」
幼馴染同士の口喧嘩をケットが微笑ましいものでも見るように目を細めて眺めていた。
それをモチの上から眺めるのは、何だかとても贅沢なことのように思えた。
暫く走ると稜線の先から太陽が顔を出した。
すると途端に冷えていた朝の空気に熱が与えられ、一気に暖かくなってきた。
先頭を走るケイ達はすぐに防寒具を脱ぎ、腰に巻いて走り続ける。
更に太陽が昇っていき、すっかり辺りの陰が短くなる昼頃に俺達は『ゼノンの一太刀』の東端付近までやってきた。
昼食も兼ねてここで一度休憩をはさむ。
朝食食べてなかったからガッツリ行きたいところだが、これからまた走るので最低限の量にしておいた。
内容は少し多めに具を入れたスープだ。
保存食を使ったもので少ししょっぱいが、走った皆には塩分が必要だ。
「これ、美味しい」
「だろ。自信作だ」
「おかわり、欲しい」
「おう」
存外食べる方のケットの器におかわりのスープを入れて、俺も続きを啜る。
ハッシュさんがくれた保存食鞄、早速役に立ってます。
出発前に内容を確認したが、いくつか小分けにされている物の中に『早めに消費するように』とメモ書きが括りつけられた麻袋があった。
不思議に思いながら中を検めると、そこにはゴロゴロと立派なジャガイモが沢山入っていた。
干し肉ばかりじゃ拙いと思って入れてくれたのだろう。
本当にありがたい話だ。
しかし俺としてはこいつを種芋に育てたいところだ。
なのでいくつか分けて家に置いてきた。
ハッシュさんのことなのでそのことも織り込み済みだと俺は思っている。
食事が終わると再び移動だ。
昨日も今日も移動で大変だが、皆結構楽しそうにしている。
こういうのなんていうんだっけ……トレイルランニングだっけか。
多分だけどこれはその何倍もきつい運動だが。
でも確かに昨日は楽しかったな。
あとでイリスに代わってもらおう。
影が前に伸び始めてきた頃、俺達はゼノンの一太刀の東端までやってきた。
「はぁ、はぁ……疲れた……」
「調子乗って走りすぎだよ、クラインくん」
「だって、モチに、乗りっぱなしも、悪いだろ……っ」
言い終えてからゲホゲホと咳き込む。
でもちょっと頑張りすぎたところはある。
自分が楽しいと思う気持ちと、それを楽しむ為の体力には大きな差があるのだった。
その日は俺があんまりにも疲れてそうに見えたからか、その場で野営となった。
俺はもうちょっと行けると感じたのだが、これからも旅が続くのだから休めとウーゴに言われてしまった。
笑っていた膝はその言葉を聞いてすっかり休みモードに入ってしまったので、諦めて倉庫とベッドを用意した。
6人で焚火を囲んで食事をし、交代で倉庫内にお湯と手拭いを持ち込んで身を清めた。
できればお風呂を用意したかったが、流石にそこまでの設備は準備できなかった。
簡易風呂とかあればいいのだが、残念ながらクラフトブックには見当たらなかった。
もっとクラフトレベル上がれば出てくるのかもしれないが、こればっかりはしょうがない。
身を清め終わればあとは寝るだけである。
ケイは3秒で寝付き、豪快な寝息に少し悩まされながらも疲労からすぐに意識を手放したのだった。
□ □ □ □
翌朝。
今日は日が昇ってからの出発だ。
これまでは谷沿いということで木々の少ない岩と土ばかりのような地形だったが、今日からは再び森に入ることになる。
早速ゼノンの一太刀の東端を越えた俺達は北上して森へ入る。
木々の間を進んでいくうちに緩やかにではあるが、坂道に入っていることに気付いた。
つまり、少しずつ標高が上がっている。
このまま上がり続ければそのうち降雪、積雪の場面に遭遇ことになるだろう。
まぁそれはもっともっと上だとは思うが。
坂道は思ったよりもきつい。
今日は休憩する回数を多くして進んでいるが、それでも皆、肩で息をしている。
息切れしていないのは俺とモチくらいのものだ。
なのでこういう場面では積極的に動いて皆に干し肉や水を与えて周ることにしている。
休憩が終わると再び北上する。
そして疲れたら休む。
これの繰り返しで、その日はかなり距離を伸ばせた。
次第に急になっていく坂を上り続け、ある程度平坦な場所に出た。
きっと山にもならない小さな丘陵の尾根伝いなのだろう。
左右に平坦な道が見え隠れしている。
ちょうどいいのでこの辺りで野営となった。
「明日には灰爬族の里に着きそうだな」
と、ウーゴ。
灰爬族の里に到着したら被害状況を聞いて一泊させてもらう予定だ。
これは収穫祭の時にシュレイドと話している。
それから北東方面にある峻岳地帯、ドルミナ山へと進む。
本格的な登山とまではならないだろうが、非常に険しい場所らしいからかなり気を付ける必要がありそうだ、
ただ、牛や鶏を生きたまま連れて行くにはそれほど標高の高い場所にはいけないはずなので、その辺はあまり心配していなかった。
昼間作ったのとは別のスープと、ストックしているシカ肉でその日は夕飯とした。
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