第30話 ゴブリン拠点と闖入者。

 モチ吸いを堪能してしばらくしてからイリスが目を擦りながら家から出てきた。


「おあよ~……」

「おはよ。川で顔洗っておいで」

「うん……」


 どうやら朝は弱いらしい。

 いつも使ってる川の場所を教えてやると、靴底を引きずりながらそちらへ向かっていく。

 その背中を見送りながら今後の事を考えていた。

 まず、アルターゴブリンは殲滅する。

 俺のスローライフには不必要な存在だ。

 交渉できる生き物なら対話するが、話の通じない野性には武力を以て対処する他ない。

 そしてその武力の要は言わずもがな、モチ様だ。

 彼女の次元属性の力なら問答無用で殲滅が可能だ。

 ただ、やり損ねることもあるはずだ。

 その場合は熟練の冒険者であるイリス様の出番となる。

 彼女はソロ専門の冒険者だから、様々な状況に対応できる力があるだろう。

 今はあんなだが、戦闘となれば力になってくれるはずだ。


 俺? 俺は司令塔だ。俺に戦力は、ない。


 が、エタデで得た知識をフルに活用すれば、役に立てると思う。……多分。

 モチがイリスの対岸で水を飲み、俺も少し時間を置いてから顔を洗って歯を磨いた。

 朝の支度が終わり、食事をする。

 本当なら調理施設も作って楽しむところだったが、お預けだ。


「……よし、お腹いっぱい。力もいっぱい!」

「早速だけどアルターゴブリンを殲滅しに行くぞ」

「え、正面から!?」

「うん、正面から行く」


 下手に夜襲だのゲリラ戦だのといった不意打ちをするよりも正面から叩き潰した方が早い。

 それだけの力がこちらにはあるのだ。


「モチ、この間丸太を切り裂いたアレ、できるよな?」

「にゃあん」

「よし。それで殆どは狩り殺せると思う。討ち漏らしはイリス、頼めるか?」

「探知は任せて」

「ありがとう。緊急事態が起きたら各自に判断は任せる。基本、ゴブリン以外は穏便に。行くぞ」


 何があるか分からないが、俺たちが対処するべき相手はゴブリンだ。

 それ以外のモンスターが出現した場合も、一旦は距離を取る。

 倒すべき相手かどうかはそれから考える。


 剣を手に、準備は完了だ。

 モチを先頭に俺たちはアルターゴブリンの拠点へと出発した。



             □   □   □   □



 川を越えてひたすら東へ進むと森と海を隔てる大きな山が見えてくる。

 この山は文字通り、ちゃんと山だ。

 名称は……思い出せない。

 スケアグロウ大森林の外はエタデとは関係ない場所で、この世界特有の名称だ。

 その山とうちの山との、中間よりもずっとうちの山寄りの場所にアルターゴブリンの住処はあった。

 拓けた場所にそれなりに長く暮らしたであろう木組みの簡素な小屋がいくつか並んでいる。

 恐らく、元々はここに暮らしていたのだろう。

 だがモチの存在を感じて逃げ出していたが、俺たちがアンスバッハに行ったタイミングで戻ってきたんだろうな。

 そして戻ってきた時点で嗅ぎ慣れない匂いに気付いたのか、俺たちの住処を破壊した……そんなところだろう。


「よし、モチやってくれ」

「……」


 俺の合図で伏せていたモチが立ち上がり、一歩前に出る。

 そしてここに来るまで完全に気配を消していたモチはオーラ全開で吠えた。


「ガオォォォォン!!!」


 いつもの『にゃあん』とは程遠い、まるでライオンのような咆哮は大気にヒビが入ったかと錯覚するほどに空気を振動させた。

 しかしその咆哮は実際に波動となってアルターゴブリンの住処を襲った。

 木組みの住処は吹き飛び、内外にいたアルターゴブリンも同様に吹き飛ばされ、地面に転がる。

 そこへさらにモチの追撃がゴブリンを襲った。

 モチはゆっくりと前脚を持ち上げる。

 剥き出しの鋭い爪がじわりと魔力を帯び、次元属性特有の紫紺色に染まった。

 狙いを定めるように力を溜め、そして振り下ろす。

 すると爪に帯びた魔力と同じ色の流星のような斬撃が、倒れたゴブリンの胸を貫いていった。


「す、凄い……全てのゴブリンの胸を貫いてる……!」


 いつの間にか腰から提げていた本を開いていたイリスが驚いたように呟く。

 左目の前に浮かんだ半透明な片眼鏡のようなものは本の力だろう。

 レンズの前に一回り小さいレンズが浮かび、その前にもレンズが浮かんだ3層構造の片眼鏡だ。

 それがピントを合わすように時計周りと反時計回りを繰り返しながら前後している。

 状況からして恐らく探知用の魔法かな。

 その力のお蔭でこの場にいながら敵陣の情報が察知できていた。


「討ち漏らしは……ないね。凄いよ、モチちゃん!」

「ふん」


 さすがは猫竜と言うしかない。

 完全にこの森で最強の存在だった。

 そしてそんな存在であるモチが誇らしくて仕方なかった。


「凄いぞ~、モチ!」


 ぎゅってしてあげて、撫で散らかす。

 あんなに強い力も、絶対に俺たちの方へ向かないと分かっている。

 お互いに信頼し合っていることの証だ。

 だからその、肩を噛まないで、モチ。


「……待って、何かいる!」

「!?」


 イリスの声に現実世界に戻ってきた俺とモチはすぐに身を伏せる。

 片眼鏡が映し出すのは何か、それは俺たちには分からない。


「生き残りか?」

「ううん、ゴブリンじゃない……何かが複数人、武器を持って反対側にいるよ」


 冒険者だろうか。

 だがなかなかこの森に入ろうとする冒険者はいないだろう。

 ましてや反対側といえばアンスバッハとは逆方向だ。

 あの強そうだったレニでさえも、まさかそっち側から出てくることはありえない話だ。


「姿は分かるか? 冒険者?」

「冒険者……じゃないと思う。見たことがない。それに獣人だね」

「獣人? ………………あ、まさか……」


 実はスケアグロウ大森林にはモンスター以外に獣人種も暮らしている。

 だが拠点はどれも森の奥の方で、お互いの生活圏が違うことから普通に暮らしていればまず遭遇することはない。

 そんな獣人が何故こんな浅い……と言っても中間層か……そんなところまで出張ってきたんだ?


「モチ、攻撃はするな。対話できる相手だ」

「……」


 いや、そもそも攻撃の姿勢を見せていなかった。

 もしかして知り合いだろうか。

 分からないが、とりあえず俺は腰にぶら下げていた剣を剣帯ごと外して地面へと置いた。


「クラインくん!? 危ないよ、人里に下りてこない獣人は好戦的で……」

「分かってる。だからだよ」


 心配してくれるイリスの肩を叩く。


「イリスはここにいてくれ。俺が話してくる。モチ、イリスを頼んだぞ」

「にゃあん」

「クラインくん、気を付けて……!」


 心配してくれる2人に頷き返し、俺は壊滅したアルターゴブリンの拠点へと歩き出した。

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