第4話 解放ボーナスだ!けど……?

 木の枝の先でクモの巣を絡め取り続けて2時間が経過した。

 太陽はもう頭の上。そこで俺は再び空腹であることを思い出した。


「夢中になったら空腹なのを忘れるの、エタデ以来だな……」


 あの頃は寝る間も食う間も惜しんでゲームをし続けていた。


「それもそうか。エタデみたいなもんだしな。……でも本当に食わないと死ぬぞ、これ」


 空腹なことに気付くと何だか気持ち悪さすら感じてきてしまった。

 何かないかと周りを見渡す。

 木になる果物でも、茂みになる実でも何でもいい。

 何か、何かありませんか?


「……ん、あれは……」


 茂みを掻き分けた先に見えたのは小さな泉だった。

 エタデのスケアグロウ大森林ではいくつかの泉が点在していた。

 そしてその泉には各種ステータスアップの効果が一時的に付与される効能があった。


「あれを飲めば大体の位置が分かるぞ……!」


 自分の位置が分かればある程度の自生植物の位置も分かる。……はずだ。ゲームと一緒なら。

 まずは飲んでみよう。


「はぁー……綺麗だな……」


 泉の透明度は凄まじかった。泉の中の細かい砂利や水草がはっきりと見える。

 中心の方は砂利がふわふわと動いている。あそこから水が湧きだしているようだ。

 今すぐに顔を突っ込んで飲みたい衝動に駆られるが、さすがに直飲みは怖い。

 ならどうするのかと言うと、俺はクラフトブックを開き、餞別ナイフをその中へと入れた。


「さらば餞別。そしてようこそ【鉄1】【真鍮1】【木材1】!」


 クラフトブック内の【分解】の項目を選択すると、ナイフは分解されて素材となった。

 俺はこの【鉄1】をここで使うべきだと判断したのだ。

 基礎金属が素材登録されたことで【釣り針】や【縫い針】といった小さめの鉄製品のレシピが解放されていく。

 その中で俺は『コップ』を生成した。


「作成!」


 黄色いホログラムコップが土の上に表示され、作成を念じるとそれが具現化する。

 何の変哲もない鉄製のコップが生み出された。

 そしてその隣に焚火も作る。

 もうお分かりと思うが、俺は今からこの泉の水をコップで掬い、焚火で煮沸消毒して飲むつもりだ。


 早速水を掬って木の枝でコップを挟んで持ち、焚火の中へ下ろした。

 しばらくするとコップが熱され、中の水が沸騰し始める。

 頃合いを見て再び枝でコップを持ち上げて火から離し、熱が抜けるのを待ってコップに口を付けた。


「お湯うめぇ……マジで生き返る……」


 ステータスアップよりもまず水分というもののありがたみに心が全部持っていかれた。

 本当に素晴らしい。水は大事だ。


 感動を味わいながらゆっくりと全部飲み干した俺は立ち上がり、何か変化がないか確かめるように体を動かした。


「力は……変化なし。魔力は……いや魔法使えないから分からん。保留だ。素早さは……うおっ!?」


 分かりやすいものから確認していたが、ちょっと走ったら普段からは出ない速度で泉の端から端まで駆け抜けてしまった。

 あまりにも分かりやすい効果。これはスケアグロウ大森林がエタデでも終盤に近い位置に設定されている場所だからでもある。


「いやー、大当たりだね。『素早さの泉』だったか。なら近くにアレがあるはずだな……エタデなら」


 エタデなら、というのは上手くいかなかった時の免罪符だった。

 だってここはゲームじゃなくて現実だから、違うこともあるはずだ。

 そう思って周辺を散策したが、有難いことにゲームと同じだったようで、探し物は無事に見つかった。


「やった、スイートベリーだ……!」


 自生している野イチゴの一種だ。腰くらいの高さの茂みに成る果物で、とても甘い。

 ゲームだと食べるとHPが少し回復したっけ。

 今の俺なら本当に回復しそうだな。だがまずは空腹度を回復させたい。

 試しにひとつ摘まんでみる。


「んっ……んん! あまぁ……!」


 ぷちん、と潰れる小さな実のひとつひとつから甘い果汁が飛び出してくる。

 舌の上に広がるそれは俺の心を幸せで満たしてくれる。

 本当に旨くて旨くて……気付けば俺は夢中でスイートベリーを貪っていた。

 結果、その茂みに成っているスイートベリーを全部食べ尽くしてしまった……。


「……美味しすぎるのが悪いんだ。いい。今日はいい!」


 誰にともなく言い訳をするが、悪いのはこのクラインだけだった。

 あーあ、ストックしようと思っていたのに……でも酷い空腹だった。

 背に腹は代えられないどころかお腹と背中がくっつくところだった。


「まぁ、次に見つけたらストックに回そう……さてと」


 腰を上げた俺は素早さの泉へと戻ると、先程のスイートベリーの茂みを背に、右を向く。

 間違ってなければこっちが北だ。

 素早さの泉からまっすぐ北に向かうとちょっとした山がある。

 実際には山ではなくて、盛り上がった地形だが、壁のように盛り上がっていることから山と呼ばれることが多かった。

 その山は掘ると鉄鉱石が産出されるのだ。俺は最終的にそれを掘るつもりでいる。


「けどまだ早いからな。道具がない。とりあえずその近くまで行こう」


 山の近くには拓けた場所と川もある。暮らすには最適の場所と言えるだろう。


「おっと忘れてた。クモの巣を入れないと」


 枝先に絡まったままだったクモの巣のことを忘れていた。

 ナイフはコップにしてしまったから、枝を折ってそのまま仕舞う。

 すると【クモの巣20】がストックに追加されて【クモの巣150】と【枝49】となった。


「よし、十分だな。お楽しみの時間だ……!」


 俺はクモの巣を全て消費して【糸】を75個制作する。

 クモの巣2つで糸が1なのでクモの巣全消費だ。

 そして出来上がった糸から30本を一旦クラフトブックに仕舞う。

 すると【紐】のレシピが解放された。


「【紐】きた! だがまだ終わりじゃないぞ」


 仕舞ったその糸を30本使って今解放されたばかりの紐を15個制作し、作ったそれと、残りの糸をクラフトブックに仕舞うと……


「【ロープ】と【布】のレシピも解放だ!」


 紐が集まればロープになり、糸が集まれば布になる、ということだ。

 長いロープや大きな布を作るにはもっともっと糸が必要になってくるが、今はこの大量解放が重要だった。


「焚火、簡易テント、コップ、糸。そして紐、ロープ、布……他にも開放されたものも加えれば全部で20個のレシピが解放されたな」


 枝と糸で作る弓と釣り竿。それに簡易テントの上位互換であるテントが解放されている。

 計20個のレシピが解放されたことでクラフトブックは特殊ページが開かれる。


 即ち、解放ボーナスだ。


「最初の解放ボーナスは初心者救済措置でストックしてる素材が全部プラス30されるんだ……つまりまだボーナスは使っちゃ駄目だってことだ」


 貴重な素材が1つでもあればそれが30増えるのだから今すぐ使うわけにはいかない。

 俺もゲーム初心者の頃はそれを知らずにやって大後悔したっけ。

 まぁ、初心者の町周辺でレア素材と言えば鉄鉱石くらいだから、今とそんなに大差はないが。


「しかしここはスケアグロウ大森林。終盤の素材周回場所だ。探せばいくらでもレア素材はあるぞ」


 とはいえ、装備も何もない状態だとできることは少ない。

 せめてこれからのことを考えて鉄くらいは大量に確保しておきたいところだが……。

 うーん、悩む……。


「ひとまず白湯でも飲むか……」


 落ち着いて考える為にも、俺は泉に戻って再びお湯を作る作業を始めるのだった。

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