第5話 大雨に濡れる。

 素早さの泉まで戻って白湯を作って飲んで一息ついた俺は北へと進路を取った。

 理由は先程述べた『山』に向かう為だ。

 繰り返しになるが、この山は山のように大きく隆起した地形というだけで山ではない。

 スケアグロウ大森林という広大な森の中にある突起物程度の場所だ。

 だがこの山からは鉄鉱石が産出されることがある。

 きっと大昔の大地が局地的に隆起したとか、そんなんだろう。詳しいことは分からない。


「鉄鉱石が取れれば鉄が手に入る~。精製しなきゃだけど」


 手間はあるがそれもまたクラフトブックでどうにかなる問題だ。

 エタデでは炉を作ってその中に入れたらあとは待っていれば出来た。

 このクラフトブックで作ったものにはゲームシステム的な補助があるみたいだから、きっと同じように作れるはずだ。

 そしてゲーム的でありながら現実であるここなら、出来上がったものは現実準拠の物が生み出されるはずだ。

 そこにチートじみた突飛な性能が付与されないのが俺が一番気に入ってる部分でもある。

 ま、十分チートスキルだとは思うがね。


「どれくらい歩くのかなぁ……そろそろモンスターとか怖いな」


 ゲームではそんなに歩いた印象はなかったが、自分の足で歩くとなるとまた別だ。

 コントローラーを入力しっぱなしで前にずっと進むように人間はできていない。

 土は柔らかいし、土がなくて木の根だけが露出してる場所もあるし、それすらなくて通れない場所もたくさんある。


「やっぱ現実って、大変だな。辛いな」


 だからこそ、面白いのだ。

 俺はそんな精神で疲れた体を鼓舞しながら、ひたすら北へと進む。

 時間にすると2時間程だろうか。なんだか空が暗くなってきた。

 見上げると葉っぱの隙間から見えたのは灰色の分厚そうな雲だった。


「雲もクラフトブックに入るのかな……」


 なんて現実逃避をしてみる。

 だって、絶対大雨が降る感じがしたからだ。

 雨が降る前にする独特の匂いもする。


「拙いな……雨なら最悪、木の下に逃げられるけれど、雷は逃げられないぞ」


 高い木には雷が落ちやすい。

 落ちてきた雷がクラフトブックに入るのであれば試してみたい気もするが、ここは一先ず急いだ方がいいだろう。

 雨が降り出す前に山の近くまで……そう思って足を速める。

 幸いにもモンスターの影はない。大雨を予測して巣に帰ったのかもしれないな。


 俺は曇り空の下を急いだ。

 蔦に足を取られ、枝で顔をしばかれながら、大急ぎで山を目指した。


「きっともう少し……見えた!」


 木々の隙間から壁のような地形が見えてきた。

 と、同時に鼻先にポツリと雨粒が落ちてきてしまった。

 見上げた空はもう限界まで我慢した雨雲がポタポタと雨を降らし始めた。


「降ってきた! ひぇぇ!」


 あっという間に雨脚は激しくなり、木の葉を穿つ程の勢いで降り始めてしまった。

 こうなると怖いのは川の氾濫だ。

 山の傍には小さな川が流れている。

 と言っても小川と呼べるほど小さくもない、言ってしまえば中の下川だ。

 エタデでは氾濫なんて要素はなかったが、ここは現実。

 森の中の川なんて雨が降る前と後じゃびっくりするぐらいに姿が変わるものだ。


 泥濘に足を取られながら山へと到着した。

 見上げる程に大きな絶壁。抉れた部分は赤茶けた縞々を描いていて、如何にも鉄分豊富な感じがした。


「っとと、見とれてる場合じゃない。川はどうだ?」


 雨で視界を塞ぐように垂れる金髪をかき上げ、山の右手、拓けた土地の先にある川の確認に走る。


「おぉ、ちょっと濁ってるけどまだ大丈夫そうだな……」


 川は少し土が舞って濁っていたが、岸から溢れるほどの水量はない。

 ただ、少し流れは速くなっていた。

 エタデではサラサラと流れる川……みたいなイメージだったが、今はジョボジョボって感じだ。

 これがドバドバになって溢れると大変だ。

 けれど雨脚は今が一番強く感じる。それでこの量なら、大丈夫だろう。

 川の周辺を見ても流れで崩れたような真新しい地面もなく、苔がいっぱいだし。


「さてと、俺も雨宿りしないとな」


 幸いにも雷は鳴っていない。

 ならばあの一番大きな木の下に逃げ込ませてもらうとしよう。

 水たまりの水を跳ねさせ、木の下に潜り込む。

 多少、地面は濡れているがそれは葉っぱを伝って落ちて来た雫によるものだった。

 この土砂降りに比べれば十分我慢できるレベルだった。

 俺は木の下に簡易テントと焚火を生成し、ストックの枝と紐を使って簡単な木組み作業をした。

 これは濡れた服を乾かす為の物だ。ただ単に長い枝の間に少し短めの枝を入れた四角形のものだ。


「うへぇ、びっちょびちょだ……」


 それに脱いだ服を張り付けて焚火で炙る。長い左右の柄は下方を少し飛び出させ、地面に刺せるようにしてみた。

 手で持ってもいいが、楽はできるだけしたい。

 空いた手は再びクラフトだ。クラフトブックの中の糸を使って布を作成してみた。


「ちっちゃいな……ハンカチかな?」


 糸30じゃこの程度が精いっぱいか。いや、実際に編もうとしたら糸30じゃ絶対に足りないから良い方だ。

 俺は雨に濡れた体をちっちゃい布で拭っては絞ってを繰り返した。

 その間も脱いだ服はじわじわと乾いていく。

 雨脚は強くはならなかったが、弱くもならなかった。

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