第6話 白猫竜との遭遇。

 雨は降り続けていた。


「枝のストックが少なくなってきたな……」


 木の葉っぱも頑張って耐えてくれているが、だんだんと落ちてくる雨の量は増えてきた。

 その冷たさに耐えられず、枝を焚火に入れ続けていたがクラフトブックの中にある枝の本数はみるみるうちに減ってきていた。

 やはり長く燃え続けてくれる薪の確保は最優先だ。

 しかし最優先と言っても薪を手に入れる手段は限られている。

 そしてその全てにおいて刃物の必要性があった。最優先とは何なんだ。


「本当の最優先は刃物だ……でも刃物を手に入れるには鉄が必要で、その鉄を手に入れる為には鉄鉱石が必要で、鉄鉱石を製錬するには炉が必要で、炉を作成するには石が必要で、そんな作業をする間にも薪は必要で……あーーーもう!」


 台があったら叩きたい気分だった。

 そんな俺が吠えたことで何かが反応したのか、背後の茂みがガサリと揺れた。


「なに、誰!?」


 思わず立ち上がるが、武器になるものがないことに気付いた。

 丸腰か……俺は薪以前に命の危機にも対応できていないのか。

 このままモンスターか何かに命を奪われるのかと、そう思った。

 ジッと見つめていた茂みが再び揺れる。

 その奥に何かがのっそりと姿を見せる。しかし暗がりでよく見えない。

 逃げることもできず、戦うこともできず、ただ眺めるしかなかった俺の前にそれは茂みを掻き分けて姿を見せた。


「……ッ、白猫竜……!?」


 茂みの奥から出てきたのは長い白毛をビッショリと雨に濡らした、人間の子供ほどの体高を持つ大きなモンスターだった。

 見た目は猫のような生き物だ。しかし竜の名がつくように、こいつはドラゴンだった。

 爪も鋭いし、牙もある。額の左右から後頭部へと伸びる2本の流線形の角も立派なものだ。

 エタデでもなかなかお目にかかれないレアモンスター。しかも白毛というのは最も希少だった。

 スケアグロウ大森林に棲むという噂はあったが、存在しているとは思ってなかった。


「……」


 白猫竜は俺をジッと見る。その次に焚火を見た。そして乾かしている服、テントと視線を動かしていく。

 俺がどう動くか見ているのだろう。賢い生き物だ。武器になりそうなものを見ている。

 そして俺が何の抵抗もできないと判断したのか、ゆっくりとまっすぐに、俺の方へとやってきた。


「う、う……」


 怖い。恐ろしい。死にたくない。

 しかしその恐怖とは裏腹に俺は何の抵抗も行動もしなかった。

 できなかったのではなく、しなかったのだ。

 何故ならば、これほど美しい生き物を傷付けたいと思えなかった。

 この生き物の糧となるならこの身を差し出そうと、そんな気持ちにもなっていた。

 けれどやっぱり人間だから、死ぬのは嫌だった。

 ギュッと目を瞑る。いっそ、今のうちに殺してくれ……。


 そう思っていたのだが、痛みは一向に訪れなかった。

 不審に思い、そっと目を開くと白猫竜は目の前にはおらず、姿を探すと焚火の傍に横ばいになって寝転んでいた。

 濡れた長い毛を乾かすように、火のぬくもりに気持ち良さそうに目を閉じていたのだ。


 毒気を抜かれた気分だった。それと同時に沸々と感動が湧いてくる。

 俺は死ななかった。無事だった。奇跡だ!


 そっと焚火の傍に腰を下ろすが白猫竜は動かない。閉じた目すら開けなかった。

 パチパチと鳴る焚火と雨粒が地面を穿つ音だけがこの場を支配していた。

 この神秘的な一瞬を大事にしたかった。

 もしかしたら白猫竜は思い出したかのように突如、俺に牙を剥くかもしれない。

 しかしそれでも良いとすら思える程、この瞬間がとても大事に思えた。



             □   □   □   □



 雨が止み、日が差し始めた。と言ってももう夕日に近かった。

 ゆっくりと白猫竜が体を起こした。それを俺は座ったまま見ていた。

 もう死んでもいいとは思っていない。

 でもそうなっても仕方ないとは思っていた。

 白猫竜はジッと俺の目を見る。俺もジッと白猫竜の目を見た。

 サファイアのような綺麗なブルーの瞳だった。

 じっと見つめ返していると、白猫竜はふい、と目を逸らして踵を返してゆっくりと森の中へと帰っていった。

 俺はずっとその後ろ姿が見えなくなるまで見送る。

 もう会えないかもしれないけれど、また会えたらいいなと、会えますようにと祈りながら見送った。


「……凄い出会いだったな」


 雨の日の出会い。それは奇跡と奇跡のぶつかり合いのような出会いだった。


「一生の思い出だな……さてと、雨も止んだし、俺も動くか」


 服は乾いていた。焚火はすっかり鎮火してしまった。

 枝は白猫竜の為に全部焚火に投資してしまった。


「でも雨のお蔭でいっぱい枝が落ちてるな。湿った木でもクラフトブックに入れれば乾いた木になるから有難いぜ」


 湿った何か、という言葉がつく物も存在はするが、それは主にそういった属性の表現としての言葉だった。

 例えば火属性の木なら【燃える木】とか、そんな感じだ。

 焚火真っ最中の薪をクラフトブックに突っ込んでも、燃える木にはならない。


 俺は周辺に落ちている枝をどんどん集め、簡易テントの傍に積み上げていく。

 目に見える枝を全部回収してからクラフトブックに全部突っ込む。


「よーし【枝300】! これでしばらくは大丈夫そうだな。じゃあそろそろ……」


 クラフトブックを仕舞った俺は山へと視線を移す。

 雨に濡れた地肌剥き出しの柔らかそうな山は道具がなくても掘れそうな具合だった。


「鉄鉱石、探していきますか!」

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