第3話 クラフトブック、本領発揮。

 目覚めは存外悪いものではなかった。

 クラフトブックで作られた物には耐久値という数字的な概念が付与される。

 意識して見るとテントの内側を見てみると『250/400』という数字が浮かんでいた。

 この耐久値のお陰で外界の影響を受けずにゆっくりと眠れた、という訳だ。


「しかしやっぱり一番しょっぱいテントだから耐久低いな……」


 しかし400ある耐久値が一晩でもう半分近く削れていた。

 これが良いテントなら耐久値も高いし、摩耗も少なくなるのだが、まぁこれからだ。

 床に敷いた葉っぱをすり潰しながらテントから這い出ると、焚火はとっくに鎮火していた。

 しかし手の平をかざしてみるとうっすらと熱を感じる。

 俺は取り出したクラフトブックから枝を取り出し、炭をほじくる。


「お、あったあった」


 その中に小さな小さな赤い点が着いた炭があった。まだ生きている炭だ。

 枝を割って薄い部分を作り、それをそっと押し付けてフーッと息を吹きかけていく。

 消えないように、しかし燃え移るように。

 灰が舞う中で何度かそれを繰り返すとチリチリとした音がして割いた小枝の先に火が燃え移った。


「よし……」


 ここで焦っちゃいけない。急いては事を仕損じるってやつだ。

 燃え移った小さな小さな火種に息を吹きかけて徐々に火を大きくしていく。

 近くにあった落ち葉で包んで、更に息を吹きかけると白い煙が立ち昇ってくる。

 手の中が暖かくなってくる。

 少し手の平を広げ、最後に少し強く息を吹くとボゥ! と落ち葉へ火が燃え移った。


「やった!」


 それを炭の中へ入れてストックしている小枝を少しずつ追加していく。

 パチパチと燃えていく小枝。しかしここからでも急に火が消えることはよくある。

 気を付けながら、油断せずに段々と入れる枝を太く大きくしていく。


「これ以上はもう薪がないと駄目だな」


 薪を作るには斧が必要だ。

 斧を作るには金属が必要だ。

 そして俺の手元には餞別のナイフがあった。


「これじゃあ量がなぁ……入れても鉄1だろうし」


 斧を作るにはもうすこし鉄が欲しい。

 どこかに剣でも落ちていたら有難いのだが……。

 と、悩んでいるとぐぅぅぅとお腹が鳴る音がした。


「そうだ、一昨日の夜から何も食べてない……」


 ある程度は緊張が誤魔化していてくれたが、そろそろ耐えられなくなってきた。

 ナイフをクラフトブックに突っ込むのはまだ先になりそうだ。

 俺はストックしていた小枝を全部出して焚火の傍に並べる。


「頑張って朽ち木でも探そう。立ち枯れなら何とかなるかもしれない」


 それを何とかして薪にできれば焚火問題は解決するだろう。

 そして何よりも食料が必要だった。

 立ち上がった俺は剣ほどの長さの枝を手に森の奥へと進み始めた。



             □   □   □   □



 枝で茂みを掻き分け、道なき道を進む。


「お、クモの巣。ラッキー!」


 道中、見かけた物はどんどんクラフトブックへとストックしていく。

 これまでに見つけたのはそう多くはない。

 だがクモの巣は重要だ。最重要と言ってもいいくらいだった。


「でっかいクモの巣だ。これだけあれば……よし! 出た!」


 クモの巣ぐるぐると巻き付いた枝先にナイフを入れる。

 ぺろんと捲れたそれをクラフトブックに入れると【クモの巣20】という表記と、【糸】というレシピが解放された。


 そう、糸だ。糸は色んなレシピに必要だ。

 そしてその分、様々なルートからの解放条件があるが、森ならクモの巣が一番の近道だった。


「糸があれば紐が作れる。紐があればロープが作れる。ロープがあれば何でも作れる!」


 これこそがクラフトブックの真髄だ。

 1が100を生み出していくのだ。

 この連鎖は止まらない。クラフトブックとは無限の可能性なのだ。


「これがゴミスキル? 馬鹿な。神スキルの間違いだぜ」


 親父殿は俺を放逐したことを悔やむべきだ。

 俺ならあの領地をもっと発展させることができたのに。


「……いや、ならばこのスケアグロウ大森林を発展させればいいんだ!」


 エターナルデイズでは際限なく無限に広がり続ける森という設定だったが、実際にはそんなことはない。

 必ず森の終わりはある。そして森と平原の境目は変わることはない。

 ただ、1つの国を飲み込む程に大きな森ということには変わりない。

 スケアグロウ大森林はエオニス侯爵家の領地だと親父殿は言っているが、何の手も付けられていない場所を領地と言い張るのは無理がある。

 実際に何もできていない。だから俺は養子縁組を解消され、家名を剥奪されてここに捨てられたのだ。

 普通なら領地の外に放り出すのにね。本人もここが自分の土地だと思ってない証拠である。


 ここで先程の発言に繋がる。

 誰も領地として開拓する気がないのなら、俺がやってしまえばいい。

 この森に住む者全員と仲良くして、一つの国にしてしまえばいい。

 そうすれば俺はこの森で平和に暮らすことができるはずだ。


「もう誰からも捨てられない、俺だけの家……国が」


 自分で作ろう。家を。国を。

 このクラフトブックがあれば、それができるのだ。


「よーし、目標はでっかくだ。まずはクモの巣全回収だ!」

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