第2話 ゴミスキルなんて言わせない。

 馬車に揺られること約10時間。日が昇ってくれるには十分な時間だ。


「降りろ、小僧」

「へいへい」


 乱暴な言葉遣いの御者に促され、草地の上に足を置いた。

 夕日を正面に見る未開の森は逆光で真っ黒だった。

 おどろおどろしい光景だ。ここに身一つで行かねばならないのだから終わっている。


「侯爵領を追放されたお前は森から出てはならない。奥に進むことだけ許されている」

「もしこっち側に出たら?」

「侯爵が黙っちゃいないだろうな」


 まぁ、そうだろうな。


「これは餞別だ。取っとけ」

「うん?」


 ぽさ、と足元に放り投げられたのはちっちゃいナイフだった。

 こんなんでも今は有難い。


「どーも」

「ふん」


 別れの言葉もなく、鞭を入れられた馬はぐるりと反転して来た道を戻っていった。

 ついに1人になった俺は足元のナイフを拾い上げ、手の中で回しながら森へと向き直った。


「なーんか……うーん」


 どこかで見たような気がする。いや、森は見たことあるが、この画角……この画角だ。


 森から聞こえてくる木々のざわめき。

 鼻から吸い込んで感じる湿った土と草の匂い。

 聞いたことがないようで聞き覚えのありそうな鳥の鳴き声。


 ……あ、思い出した!!!


「ここはシミュレーションMMOエターナルデイズに登場したスケアグロウ大森林じゃないか!!! やったぜ、親の顔より見た森だ!!!」


 過去に……いや、もっと前。

 そう、生まれる前。つまり前世だ。

 ここは俺が前世でやったゲームに登場した巨大な森だ。

 手つかずの森には色んな種族の亜人やモンスターが生息していて、資源も豊富だ。

 エタデはシミュレーションゲームだったから素材集めにかなりお世話になったのを覚えている。


「いや、思い出したが正しいか。なんだ、ここはゲームの世界か?」


 自問しておきながら自答は『否』である。

 俺がこの世界で感じた恐怖や絶望、悲しみや痛みはゲームとは全然違うものだった。

 そして喜びはゲーム以上だった。親父殿に迎え入れてもらえた時は本当に嬉しかった。嬉しかったんだよ……。


「……はぁ。でもここがスケアグロウなら暮らすにはもってこいの場所だな」


 俺は手の中に本を取り出す・・・・

 これは私物だ。だが物ではない。

 何かと聞かれたら、こう答える。


 これは『スキル』だ。


「親父殿には『領主になるにはあまりにもゴミだ』と罵られてしまったが、これが俺の手の中にあるというのは偶然じゃないんだろうな」


 この本は【クラフトブック】というスキルだ。

 クラフトブックはエタデにも登場したものだが、エタデではシステムの根幹にあたるものだった。

 つまり、システムがそのまま俺のスキルとなって存在しているのだ。


 これは本当に凄いことだ。何せこの現実の世界で俺の周りだけがエターナルデイズになるのだから。


「エタデ以外のことは思い出せないけれど、今を生きる俺には関係ないことだな……よし、早速作業に取り掛かるとしよう」


 まずは今日の寝床を作らなくてはならない。

 手の中の本を開き、ページをめくる。

 まだまだ白紙が多いが、これは仕様だ。

 『クラフトレベル』という数値が上がっていけば作れる物も増えていく。

 あとは素材による条件開放でもレシピは増えていくな。これが一番重要だ。


 俺は森に近付き、まず手前にあった茂みの葉っぱを千切った。

 新鮮な緑色の葉っぱだ。これを本の上に乗せる。

 すると不思議なことに波紋のようなものを広げながら葉っぱが本の中へと吸い込まれていった。


「うん、大丈夫そうだな」


 この本は素材をストックすることができる。

 通常、この世界ならアイテムボックスなんてS級スキルがなければできない芸当だが、このシステムスキルであれば可能だ。


「ふふ、システムスキルも言い換えればS級スキルだな」


 システム的に。

 誰も聞いていないのに駄洒落を披露する意味はないが、この状況において俺の精神状態は非常に良好だった。

 このクラフトブックさえあれば生きていけるのだから。

 かつてのめり込んだゲームの力があれば生きていける。

 そう思うと俺は自然と頬が緩むのを感じた。

 緩んだ口からは駄洒落も出るというものだ。


「言ってる場合じゃないな。早くしないと」


 葉っぱの次は枝だ。これは生えている物よりも落ちている物の方が良い。

 時には鮮度が落ちている方が良い時もあるのだ。

 拾った枝を本の上に乗せるとこれもまた吸い込まれていく。

 ストック欄には【枝1】と名称と数が表記された。

 ちなみに先程の葉っぱは【葉1】だ。分かりやすいね!


 こうしてどんどん俺は素材をストックしていった。

 その結果、枝30、葉80で新たなクラフトレシピ【簡易テント】が発現した。


「さて……」


 クラフトブックに表示された簡易テントのイラストの作成ボタンをクリックする感覚で指で触れる。

 すると俺の目の前に黄色い透けたホログラム状態の簡易テントが現れた。

 これはまだ作成じゃない。黄色はこの場に作成できますよ、の色。

 赤色だった場合はこの場には作成できません、だ。

 他の動かせないオブジェクトなんかがある場合は赤色になることが多い。

 あとは他人の創造物の近くなんかは土地権利が発生してクラフトできなかったりするが、幸いにもここは未開拓地。


 置いたもん勝ちである。


「作成、っと」


 声に出し、頭の中で念じるとスキルは何の異常もなく作動し、目の前に木組みの簡易テントが現れた。

 シルエット通りの形のそれは、本当に簡易のものだ。

 木を組んで葉っぱで屋根を作っただけである。

 入口から奥に向けて先細りの形をしてはいるが、全身すっぽり入るしそんなに狭苦しさは感じない。


「あとは焚火だが、これも簡単だ」


 クラフトブックには既に【焚火】のレシピが解放されている。

 これは枝8と葉30で解放される。簡易テントのクラフトレシピ解放をしながら、その過程で解放されていた。

 きっと今後も作りたい物のレシピを追い求めている最中に別のレシピが解放されることもあるはずだ。

 というか、無い方がおかしいまである。


 俺は焚火を簡易テントの前に作成する。

 焚火は作成した時点で既に火が灯っていた。

 一度消えた場合は火付けの作業が必要だが、そこは現実世界と同じやり方になるだろう。


「あったけぇ……」


 パチパチと爆ぜる焚火が何とも心地良い。

 動く物と音というのはこんなにも精神に安らぎを与えてくれるのか。


「しかし……お腹減ったなぁ……」


 ウィンナーも食べ損ねちゃったし、馬車の中でも何も食べていない。

 こんな仕打ちをされて腹が立つが、この年まで世話してくれた恩はある。

 怒るに怒れない状況に何とも言えない気持ちになる。


「はーぁ、今日はもう寝よう。森にもモンスターはいるけれど、浅い層には出ないだろうし、大丈夫だろう」


 エタデでは奥に行けば行くほど、強いモンスター達が出現する。

 そして奥に行けば行くほど、良い素材もゲットできた。

 ゆくゆくは森の最奥を目指すことになるだろうが、今日はいい。


「おやすみなさい……」


 空腹よりも疲れが勝った俺はテントの中で横になると、すぐに夢の世界へと旅立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る