用済みだと未開の森に追放されたけど知ってる場所だった

紙風船

第1話 用済みだそうです。

「貴様は用済みだ! 今日限りで養子縁組は解消させてもらう!」


 父上の怒声が館内に響き渡る。

 俺はフォークに刺したウィンナーを口に運ぶ途中の姿勢のままそれを聞いていた。


「そのウィンナーも戻してもらおう。それはエオニス家のものだ」

「……」


 そっとフォークを下ろした。

 胃袋がきゅう、と鳴って抗議するが、我らが大貴族であるエオニス侯爵家には逆らえない。許せ我が胃袋。


「さぁ、出ていってもらおう」

「父上」

「もう貴様の父ではない。うんざりだ。その声を私に聞かせるな!」


 そこまで言わなくたっていいのに……。

 実の父親ではないにせよ、一度は親子という関係性をもった仲じゃないか。

 なんて訴えが通じる訳もなく、俺は食堂から、いや、屋敷からの退去を命じられた。


「クライン様……」

「もう様はいらないよ、エリカ。俺はついさっき孤児に戻ったんだから」

「そんな卑下はやめてください!」


 やめろと言われてもこれが事実なのだからどうしようもない。

 戦争で親を失い、孤児院に逃げ込んだ俺をエオニス侯爵が養子にした。

 理由はなかなか生まれない嫡男の為の繋ぎだ。生まれずに終われば俺が後を継ぐことになっていた。


「いつか来る日が今日来ただけだよ。おっと、これからは敬語だな。侯爵家に仕える使用人様相手に申し訳ありません、エリカ殿」

「そんな意地悪を言うクライン様なんて嫌いです!」

「はっはっは」


 喋りながらも俺の足はまっすぐに玄関口へと向かっている。

 エリカは侯爵家に仕えるメイドだが、長年世話をしてくれていたからか、俺の状況にとても憤慨しているようだった。


「しかし親父殿は何故、急にこんなことを?」

「昨夜に世継ぎ様が生まれました。その所為です」

「あぁ、なんか騒がしいなと思っていたがそういうことか」


 お袋殿とも長い間顔を合わせていない。そうか、妊娠していて、その出産が昨夜だったのか。

 それすらも知らされなかった俺は、本当に息子扱いされていなかったんだなと改めて思う。

 なんというか、まぁ、自分の状況をまったく理解していなかった訳ではないが……血も涙もないというのは正にこのことだろう。


「それで、俺はこれからどうなる予定だ?」

「クライン様は未開の森へと送られる予定です……まったくどうかしてます!」

「あんまり大きい声で言うな、そんなこと。虐められるぞ」

「だって……!」


 まぁ、親父殿の徹底ぶりは今に始まったことじゃない。

 俺という存在が生き続けるというのも都合が悪いのだろう。

 とはいえ未開の森に追放とはなかなかやるなという印象だ。


 未開の森。文字通り、人の手が入っていない森だ。

 侯爵領にありながら広大すぎるその森は誰にも管理されていない場所だった。

 地図上では隣国にまで広がっているのだが、あちら側もこちら側も開拓するには人員と費用が掛かりすぎるということで放置されている。


 明確な境界線のない場所だ。故に、捨て置くのはちょうどいい場所と言える。


「野垂れ死ぬもよし、隣国に行くもよし。親父殿の最後の愛情だな。はっはっは!」

「笑い事じゃないですよぅ……うぇぇぇん……」

「な、泣くなよエリカ、悪かったよ、冗談だから」


 冗談みたいな状況過ぎると冗談を言うしかない人間もいるのだが、心優しいエリカには難しかったようだ。


 さて、手荷物一つない状態で玄関までやってきた。

 自室の物は侯爵家の物ということで持ち出しは厳禁だ。

 服は温情だろう。それか全裸で追放している場面を見られたくないか。

 外面を気にするエオニス侯爵は、侯爵家の馬車で俺を未開の森まで送ってくれるらしい。


「それじゃあお別れだ、エリカ。こんなことにはなったけれど、辞めるなよ。給金だけは良いんだから」

「親への仕送りもあるから辞めませんよ……でも、とても寂しいです」

「それは俺も一緒だよ。生きてたらまた会おう」


 見送ってくれたたった一人の幼馴染に手を振り、俺は馬車へ乗り込む。

 これから俺は森に捨てられに行く。


 奇しくも今日は、クライン・フォン・エオニスの15歳の誕生日だった。

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