第10話 クラインの人生。

 起きたら朝だった。

 ちゃんと朝までぐっすり眠れたようで、それがとても嬉しかった。

 ようやく人間らしい生活ができたような気がして、嬉しかった。


「さて、今日は何しようかな、と」


 生成したコップに川の水を汲んで焚火の上に置く。

 この水もいちいち煮沸して飲むというのももどかしい。

 飲みたい時に飲み、食べたい時に食べる。

 それが俺の望むユートピアというものだ。


「その為にはクラフトレベルを上げてどんどんレシピを解放しないとな」


 現在は20個以上のレシピがあるが、本来のエタデならまだまだ序盤も序盤だ。

 最終的には500以上のレシピが解放されるし、もっと突き詰めていけば更にレシピ数は増えていく。


「ま、それは専用ジョブだったり課金して増えるレシピなんだが……俺は無職で無課金……どこまでやれるんだろうか」


 素材1個2個で解放されるレシピは決して多くない。

 だが一定のクラフトレベルを超えると生活用の基礎レシピに加えて、建築用レシピや工業レシピなど、どんどん増えるからエタデは面白かった。

 その分、最初は辛いところがあるが何を隠そう俺はエタデ廃人だった。

 序盤の厳しい生活でも楽しく暮らすことができるだろう。


 ちなみに今の俺のクラフトレベルはまだ3だった。

 この程度の生活ではなかなか上がらないということだ。


「さて、今日は薪を見つけよう。そろそろ焚火の作成繰り返しは無駄な消費が多くなってきたし」


 焚火用の薪とは本来、丸太を切って1年以上乾かしたものが使われる。

 根っこから水分を吸って生きている木だから、切ってすぐには使えないのだ。


「だがこのクラフトブックならば!」


 丸太という素材を入れることで薪というレシピが解放されるのだ。

 そう、これまでは細かい素材を合わせて一つの物を作っていた。

 しかし大きな素材から、細かいものを生産するということもクラフトブックなら出来る。

 鉄鉱石の加工も同じようなものだね。

 クラフトブック、無限大過ぎて俺でも把握しきれてないことは沢山あります。


「まずは斧だな。そんでもって小さめの木を探そう。俺でも切れそうなやつ」


 斧を作るには鉄5個と木1本が必要になる。

 この木というのは枝よりも大きな木が該当するが、それはクラフトブックが自動で判断してくれる。

 まぁ、その辺に落ちてる枝よりも立派な木があれば作れるという訳だ。


 適当に森を散策してみる。

 目当ては倒木だ。よっぽど腐っている物じゃなければ、拾ってクラフトブックに入れることができるはずだ。

 朝の森はとても瑞々しい空気をしていた。

 地面から発生する湿気が、森全体に充満していた。

 それを胸いっぱいに吸い込むと、草や土が混じった、いわゆる『森の匂い』で肺が満たされた。


「……はぁ……清々しいな、ここは」


 こうして平和な場所にいると、どうしてもこれまでの人生を思い返してしまう。


 俺は小さな村に生まれて、戦争に巻き込まれた。

 父さんは戦争に駆り出され、母さんは村にやってきた敵兵から俺を逃がす為に……。

 無事に逃げられて、帰ってきた頃には村は燃え尽きていた。

 結局父さんも帰ってこなくて、俺みたいな親を失った子供たちは生き残った村の人達に連れられてエオニアにやってきた。

 そのまま村人についていったら、奴隷商に売られそうになったから、大慌てで逃げたんだよな……。

 そんで孤児院に転がり込んだんだ。

 先生はとっても優しくて、俺は幸せだった。第二のお母さんだった。

 でもそんな幸せは長続きしなくて、ある日エオニス侯爵……親父殿がやってきて俺を引き取ってしまった。


 そこからは地獄だった。


 毎日勉強にお稽古に訓練。

 俺を跡継ぎにする為に必死だった。

 でもそれ以上に、俺を跡継ぎにしない為に必死だった。

 侯爵家に来て3年が経ち、10歳になった時、俺は教会に連れていかれた。

 10歳になると芽生えるというスキルを調べる為だ。

 スキル鑑定という儀式を受け、俺は【クラフトブック】というスキルを持っていることを知った。知られてしまった。


『なんだこのゴミのようなスキルは!? 我がエオニス家は武でのし上がった家だぞ!!』


 そんなこと言われても仕方ないよな。だって俺はエオニス家の子供じゃないんだから。

 それからはもっともっと地獄になった。

 一時は勉強もお稽古も訓練も全部廃止された。

 もう用済みだと、俺みたいなやつはいらないと、全部無しにされた。

 けれどゴミスキルでも跡継ぎがいないよりましだと、再開された。

 以前よりももっとひどい、イジメのような毎日が続いた。

 どんどん心は擦り減っていって、何も感じなくなるかと思った。


「けれどエリカがいたから、俺は俺でいられたんだ……あいつ、元気にしてるかな」


 俺と同い年で侯爵家に奉公をしていた元気な彼女は、きっと両親の為に頑張っているはずだ。

 俺みたいにどこかに捨てられてなければいいが……。


「……ん、あの倒木は、まだ新しいな」


 何かの影響で折れて倒れたのか、苔の少ない倒木を見つけた。

 過去の回想から意識を現実に戻し、クラフトブックを取り出した俺はそれを地面に置く。


「う、っく……ううっ……重い……!」


 ちょっと持ち上げて転がすだけ! ちょっと持ち上げて転がすだけ!

 そう自分を鼓舞しながら踏ん張ってクラフトブックの上に落とすと、一瞬で倒木は消えさり、クラフトブックには【丸太1】という表記が現れた。


「あれっ、大きすぎたか!」


 木を使って斧を作って丸太を採取しようとしたら、丸太が取れてしまった。


「はは……まぁ、いいか。木はまた後で探そう。ひとまず薪だな!」


 【丸太1】を使って【薪40】が作成された。


「とんでもない量だな……でも割と消費早いからな。作り続けないと」


 まとめてクラフトブックに仕舞った俺は再び倒木探しの為に森を練り歩き始めた。

 今日の食料も探さないといけないし、毎日が忙しい。

 けれどこの忙しさは、あの侯爵家の毎日に比べればとても心地良かった。

 

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