第25話 突然の商談。
良い家というのはこういう家なのだと思い知らされた気持ちだった。
派手過ぎず、かと言って地味過ぎず、多くもなく少なくもない、ちょうどいい数の調度品。
出迎えて下さった使用人の方は俺をドブネズミを見るような視線で見ない。
モチの汚れた足の裏も臆することなく拭いてくれた。
「準備できたかな。じゃあいこっか!」
「う、うぅ……」
「なんで泣いてるのかな!?」
「良い家過ぎて……」
思わずぐすぐすと泣いてしまったが、イリスは驚いただけで慌てなかった。
俺がどんな場所で育ったか聞いていたからだ。
ほんの数分だったが、俺が落ち着くまで待ってくれたのが本当に優しい。
「大丈夫?」
「あぁ……もう大丈夫。待たせてごめん!」
「いいよ、いこ!」
満面の笑顔と元気な声が俺の暗い過去を洗い流してくれるような気がして、イリスの後を追う足取りはとても軽かった。
通された部屋には誰もおらず、モチと2人で待っていたら使用人の方がお茶を持ってきてくれた。
セルゲイさんの時のような無限お茶ではなく、カップ一杯でちょっと安心した。
モチには大皿にミルクが注がれ、2人して啜っていると扉をノックする音が部屋に響いた。
「はい!」
「失礼するよ」
ホッとして気が緩んでいたからか、必要以上に大きな声で返事をしてしまった。
しかしその返事に返ってきたのは低い、男性の声だ。
てっきりイリスが来ると思ったが、入ってきたのは痩せた背の高い男性だった。
質素な服を着ている様子からはとてもじゃないが家主には見えない。
だがその後ろに白髪の執事を伴って入ってきた。
状況からしてこの人は当然家主の方で、イリスのお父さんであることは間違いなかった。
立ち上がった俺は腰を折って頭を下げた。
「クラインと申します。本日は連絡もなく突然来てしまって申し訳ございません」
よくもまぁスラスラと言葉が出てくるなぁと我ながら思う。
「ハッシュだ。あの子が連れて来たのは知ってるよ。そんなに畏まらなくていい。私もちょうど休みだったしね」
尚更畏まるわと心の中で頭を抱える。
商家の娘で冒険者もしてるって聞いてたからてっきりイリスが着替えて登場みたいなのを予想してたから、予想外も予想外だった。
しかしやるしかない。
ここで売らねばずるずる後手になっていつか二束三文で手放すことになってしまう。
座り直した俺は気合いを入れて商談を始めた。
「早速ですが、まずはこちらから。ファイアールビー、アクアサファイア、サンダーオニキス、エアロジェイド、グランドアンバーです」
「各属性の魔宝石か。それも複数個……どれも質はとてもいいね」
一番そばに置かれたファイアールビーを手に取ったハッシュさんは窓から入る日の光に透かすようにジッと魔宝石を眺めた。
「しかしどれも不思議な形をしているね。どこで産出されたものなのかな?」
「場所は未開の森とだけ……これ以上は申し訳ございません」
「あの森にこんな資源が眠っているとは」
「ここだけの秘密でお願いします」
「そうだね……ここで無理をして君からの心証を下げたくないね」
笑みを混ぜながら言うハッシュさん。
しかし目が笑っていない。
ちょっと怖すぎないか?
「どうでしょう? お気に召しましたでしょうか?」
「うん、素晴らしいよ。これ全部買い取らせてもらってもいいかな? 金額は1つにつき金貨10枚で」
「ありがとうございます」
ゆっくりと頭を下げる。
やった……まだ笑うな……本番はここからだ。
顔を上げた俺は次の商品を提示する。
「実はまだありまして」
「うん?」
「これらの魔宝石を買い取っていただけたハッシュ様にだけ、見せたい物が」
そう言って俺は上位魔宝石を取り出した。
「火単一上位魔宝石マゼンタルビー、水単一上位魔宝石フラッドサファイア、風火複合魔宝石クリムゾンジェイドです」
「これは……」
思わず腰を浮かしそうになるハッシュさん。
その目は真剣そのもので、射抜くように並べられた魔宝石を見ていた。
そっと手に取り、一つずつ日の光に当てて観察していく。
先程の魔宝石よりもたっぷりと時間をかけて調べたハッシュさんは椅子に座り直し、疲れたように目頭を揉みほぐした。
「いやぁ、すまないね。こんなレア物、久しぶりに見たものだから」
「ありがとうございます」
「買い取りはさせてもらうよ。むしろこちらからお願いしたいくらいだね。こんなに純度の高い魔宝石は見たことがない」
それもそうだ。エターナルデイズのガチャ報酬なのだから、不純物などある訳がない。
「クリムゾンジェイドは金貨35、マゼンタルビーとフラッドサファイアは金貨50で買い取らせてくれないか?」
「ありがとうございます」
十分だ。十分すぎる金額だった。
もしかしたら相場はもっと高いのかもしれない。
しかし俺はそれを知らないし、イリスには儲かってくれと言った。
ここで渋る必要はないし、金額を上げるなど以ての外だった。
「ありがとう。良い取引ができたよ」
「こちらこそありがとうございます。イリスさんには頭が上がりません」
「はははっ、あの子は我が家の幸運の女神だよ」
差し出された手をギュッと握る。
商談が終わればハッシュさんも人の親だ。
今度ばかりは目までしっかり笑顔だった。
しばらくして、いつの間にか退室していた執事の方が金属製のトレーに革袋を乗せて戻ってきた。
「こちら、今回の取引分の金貨250枚でございます」
「頂戴しま……ん? 多くないですか?」
俺の計算だと235枚のはずだが。
魔宝石5種類が金貨10枚で、それが2個ずつで金貨100枚。
そして上位魔宝石の2つが金貨50枚で、複合魔宝石が35枚。
……うん、やっぱり235枚だ。
素早く頭の中で計算してハッシュさんの方へ振り向くと、何やら優しい笑みを浮かべていた。
「娘の友人が相手なんだ。多少は色を付けないと怒られてしまう」
「ハッシュさん……ありがとうございます……!」
「こちら、どうぞ」
改めてトレーを差し出され、それを受け取る。
受け取った革袋は重い。
この重さは俺がこれまで頑張ってきた重さだ。
そう思うとこの重みも良い重みだった。
「ちなみにだけどクライン君」
「はい」
「魔宝石は定期的に納入はできるのかな?」
「いえ、できません。突発的なものでした」
「そうか、残念だ」
「ですがもし今後入手できることがあればまた伺わせてください」
「それは嬉しいね。あぁ、魔宝石がなくてもうちには遊びに来ていいからね。君はイリスの友達なんだから」
「はいっ」
優しく微笑むハッシュさん。
これが父親かぁ……と、少し寂しくなった。
でも、今日は素晴らしい日だ。
この少しの悲しみは、今は心の内に秘めよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます