第21話 何とかならんか?
フルーティーなあったかいお茶と小皿に乗ったまだ果物の形が残る甘いジャム。
ガラス製のティーポットと金属製のタンクのようなものがあり、ポットから注いだお茶にタンクからお湯を入れて飲んでいた。
そしてそのお茶を、ジャムを食べながら飲むのが格別に美味しかった。
「……じゃなくて、何で俺はお茶なんか楽しんでるんだ?」
「まぁまぁ、お茶でも飲んで」
「はい……」
しばらくゆっくりとお茶を飲んでいた。
事務所の奥の部屋に通されたが、ここは防壁という構造の内部のようだ。
押し上げ窓の向こうに空が見える。
見えているのは防壁の内側、町の空だ。
澄んだ青空を色鮮やかな小鳥たちが戯れながら飛んでいる。
酷く穏やかな時間だった。
こうも穏やかな時間を過ごしたのは久しぶりだ。
……カップの中のお茶にお湯を足すから一向に減らない。
気を逸らしながら頑張って飲んでるが、こういうスタイルなのであれば従うのが礼儀……。
無心になってティーポットが空になるまで飲み干して、ようやく隊長さんが俺に向き直った。
流石にちょっときつい……でもここからが正念場だ。
「さて、クラインさん」
「へ?」
と思っていたが第一声に拍子抜けた声を出してしまった。
まだ俺は自己紹介をしていなかったはずなのに、何で名前知ってるんだ?
「あれっ、俺、名前言いましたっけ」
「いや、聞いてないよ。だが知っとるよ。君が元侯爵家の養子だっていうのはね」
さっきまでの温度差でお腹壊しそうだった。
隊長さんは俺の顔も事情も全部知っていたのか……。
「私はクラウゼル領衛兵隊の隊長をしてるセルゲイだ。よろしくな、クラインさん」
「さんなんてやめてください。今の俺はただの捨て子ですから」
「そう自分を卑下することはない。君は何も悪くないんだから」
自分ではそう思って強がってはいたが、他人から言われるとまた違うもので。
俺はその言葉を聞いて少し嬉しかった。
「クライン君、きみは今どこで何を?」
「スケアグロウ大森林で暮らしてます」
「なんと、あの未開の森で? はは、逞しいなぁ」
「えぇ、まぁ。意外と住みやすいですよ。でも今日はちょっと色々買い物したくて来たんですが、なかなか入れてもらえなくて……まぁ当然なんですけど」
身分証も何もないしなぁ。
こればっかりはしょうがないが、ゴリ押しできなかったのは計算外だ。
まさかモチの可愛さが伝わらなかったとは、予想もしなかった。
「それなんだがな。入れるよ、きみは」
「え? いいんですか?」
「きみのことは公爵からも聞いてたしね。生きてるならここへ来る可能性もあるってことで」
「あぁ、そういうことですか……」
「保護も視野に入れていたんだがね……元気そうだし、相棒もいるなら問題ないだろうね」
エオニス侯爵家とは犬猿の仲である。
行く先は隣国か隣領で、未開の森を突破する力もない。
当然、足が向くのはアンスバッハ。
考えることは俺と同じだったか。
「ならばこれ、紹介状ね。冒険者登録はしておいた方がいいよ」
「冒険者に? でも俺、森から離れるつもりなくて」
「いや、身分証って意味だよ。きみと、そこの猫竜ちゃんの為にも必要だよ」
振り返るとミルクが入っていた皿の横で目を閉じて寝そべっているモチがいた。
そうだな……危険要素と扱われるのは一番嫌だ。
しっかり登録して、身分を貰わないといけないな。
「分かりました。すぐに向かいます」
「うんうん、それがいい。じゃあこれ仮の身分証ね。冒険者証が手に入ったら必要なくなるから、町を出る時に門番に渡しといてよ」
「何から何までありがとうございます」
受け取った木札をしっかりとポケットに仕舞う。
立ち上がった俺はモチを起こそうとするが、触れる前にモチも体を起こした。
「賢い子だ。万が一もないだろうとは思うけど、他の人間に知らしめる為にも使役獣登録はしっかりな」
「知らしめたくないですけどね。本音は」
「まぁ、分かるよ。幻のモンスター過ぎて噂も殆ど聞かないレア種だ。知る人ぞ知る、ってやつだよ。悪い意味でね」
そう。それだけが懸念点だった。
まぁでも……いざとなったら守るしかないだろう。
いや、守られてるのは俺なんだが。
セルゲイさんに案内され、事務所の職員に横目で見られながら外へ出た。
先程窓から見たのと同じ空だ。
中に入れられた時はもう終わりかと思った……ふぅ、娑婆の空気は最高だぜ。
「言ってくれればいつでも保護できるからね」
「ありがとうございます。限界だって悟ったらその時はお願いします」
「うんうん。男の子は一度くらい自分の力で生きてみるもんだよ。それじゃあね」
「何から何まで本当にありがとうございました!」
深くお辞儀をしてセルゲイさんに感謝を伝え、顔を上げる。
すると俺の大きな声に反応したのか、先程の門番君がこっちへ振り返っていた。
俺は門番君にも頭を下げておいた。
彼は彼で仕事をしただけだ。何の非もない。
顔を上げた時にはもう前へ向き直っていたが、後ろでに手を振る姿に思わず笑みがこぼれてしまった。良い奴過ぎる。
「じゃあ久しぶりの人里を楽しんできます」
「あぁ、何かあったらまたおいでね」
「はいっ」
踵を返して町を見る。
胸いっぱいに吸う空気は森の中とはまた違った良さがあった。
さぁ、やっと入れた町。
やることは多いぞ、モチ!
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