第95話 2度目のテュランス。

「これ、持っていけ」

「いつも悪いな」


 シュレイドが紐で繋いだ干し魚の束を手渡してくれた。

 一応食料は持ってきてるんだが、この里の魚は旨いからいっぱい食べたい。

 網で焼いたら絶対旨い。


「鶏のことは気にするな。すぐに増える」

「ありがとう。そう言ってもらえると肩が軽くなる」

「うん。また顔を見せてくれよ。お前も、そっちの子猫竜たちも」

「もちろん。オデッサ様にもよろしく伝えてくれ」

「あぁ、伝えるよ」


 シュレイドが差し出した手を握る。

 熱い握手を交わし、俺達は灰爬族の里を出発した。


 湖沼地帯を抜けてしばらく南下する。

 ある程度進んでは休憩、ある程度進んでは休憩を繰り返した。

 休憩の時はゆっくり足を休ませる為に率先して俺は干し肉や水を配り歩く。

 そんな休憩が何回か続いて、日が暮れ始めた。

 倉庫と二段ベッドを出すが、増えた黒猫竜達の分がなかったので俺の分を提供した。

 作業台とかあれば作れたんだが、残念ながら拠点に置いてきてしまっている。


「いいの? 大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。ゆっくり休んでくれ。疲れてるだろ?」


 イリスの気遣いを気持ちだけ受け取り、俺は倉庫を出た。

 どちらにしても眠れなかった。

 このまま南下してゼノンの一太刀へ到着したらそのまま西へと向かう。

 その先にあるのはエルフの里だ。

 ガガルガとオデッサは俺の説得に応じてくれた。

 しかし問題はコルタナだ。

 実際に被害に遭った首長達から許可をいただいたことを材料に説得するつもりだが……やはりどうしてもそのことを考えると不安で眠れなかった。


「はぁ……」


 自然と漏れ出る溜息は少し冷えた空気に混じって消える。

 簡易テントでも作って寝ようかと思い、クラフトブックを開いたその時、背後で倉庫の扉が開く音がした。

 振り返るとそこにいたのは黒猫竜だった。

 周囲をチラリと見回し、夜空を見上げて、それから俺のもとへと歩いてきた。


「どうした、眠れないのか?」

「ニャアン」

「ははは……そうか」


 ベッドを子供たちに奪われたと黒猫竜が話す。

 黒猫竜が俺の横に寝そべるので、自然と手が背を撫でていた。

 気持ち良さそうに目を閉じているので嫌悪感とかはなさそうだ。

 モチとは違った毛の感触……なんだか浮気をしているような感じがした。


「明日頑張れば、平和に暮らせるから。頑張ろうな」

「……」

「というか、勝手に突っ走っちゃってたけど、一緒に住むの嫌か?」


 黒猫竜は顔を上げて、左右に振る。

 良かった……どうにか処分されないようにするには俺の傍で暮らすしかないと考えていたけど、本人確認を忘れていた。

 どうにも視野が狭くなってる気がする……しょうがないと言えばしょうがないが。


「ニャアン」


 黒猫竜は俺をジッと見つめながら『どうしてここまでしてくれるのか』と尋ねてきた。

 俺は夜空を見上げながらしばし考える。


「……最初から嫌だったんだ。猫竜を討伐しろって言われた時から。だから殺さずに、逆に一緒に住んでやろうって。猫竜はこんなにも素晴らしい生き物なんだって教えてあげたいんだ」

「……」

「その為に利用してるみたいに思われたら、そうかもしれないけれど……でも殺すよりはよっぽど良いって、俺はそう思ったんだ」

「ニャアン」

「ありがとうだなんて、いいんだよ。嬉しいな。あぁ……なんか、あったかいな、お前……」


 モチより体毛が短いからかな……俺にギュッと身を寄せてくれる黒猫竜から服を通して体温が伝わってくる。

 その大きくしなやかな体に身を寄せると、先程まで感じていた不安も忘れて、あっという間に俺は眠ってしまった。



             □   □   □   □



 ゼノンの一太刀の北岸を進むこと1日と少し。

 ようやく俺達はエルフの里の結界の際までやってきた。

 これ以上進むとそのうち辺境に飛ばされるだろう。

 ケイが慎重に進んでくれたお蔭でギリギリまで進めた。


「この辺にいたら向こうから勝手にやってくるだろうよ」

「知ってる人間だといいんだけどな」

「良かったな。俺で」


 ケイとの会話に聞き覚えのある声が割り込んでくる。

 声のした方を見ると、そこには弓を肩にかけたガトロが立っていた。

 よぉ、と気さくに手をあげるガトロにこちらも挨拶を返す。


「コルタナ様から話は聞いてる。だが時期が時期だ。全員を歓迎することはできない」

「俺とケイで伺わせてもらう。その間、ここに留まっても問題ないか?」

「ないとも。さぁ、行こうか」


 一応、黒猫竜たちには隠れてもらっている。

 ガトロのことだから気付いていそうではあるが……優しい彼のことだから追究はしないだろう。


「今は結界を強化してある。これを持って入ってくれ」


 と、手渡されたのは木簡のようなものだった。

 細やかな装飾がされたそれが2枚。

 それぞれ俺とケイの分だ。

 踵を返したガトロが森の中に消える。


「ウーゴ、皆を頼む」

「了解」

「クライン、行くぞ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 どれくらい掛かるか分からない。

 もしかしたら夜を明かすかもしれないので、大急ぎでクラフトブックから倉庫とベッドを取り出しておいた。

 木だらけでちょっと狭いが、設置はできた。


「食料は申し訳ないけど自分達で見つけてくれ。よし……じゃあ行ってくる」

「ありがとう。気を付けてね、クラインくん」

「あぁ。黒猫竜たちのこと、頼んだぞ」


 心配してくれるイリスに頷き、先を歩くケイについていく。

 落ち葉を踏みしめ、歩いているといつの間にか景色が変わっていた。

 瞬きもしていないのに気付かなかった……。

 顔を上げるとついこの間見たばかりの巨大樹の里が目に入った。

 いよいよコルタナとの直接交渉が始まる。

 頬を叩き、気合いを入れた俺はガトロとケイが待つ昇降機まで走った。

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