第43話 パン作りとアレ。

 麻袋の上部分をナイフで切って開けると、中には茶色っぽい粒が混じった粉がパンパンに詰まっていた。


「これは全粒粉。安かった」

「小麦粉ではないんだ?」

「いや、小麦粉は小麦粉。粉にしただけってやつだよ」


 俺はアンスバッハで日用品やスパイスを買った後にちゃっかり粉屋に行っていた。

 んで、これらを買ったのだが、店主の方はとても良い方で俺に酵母の作り方を教えてくれた。


「そんなこと教えていいのかーって聞いたんだけどな、おばちゃんがめっちゃ優しかったんだよ。今度パンも買いに来いってさ」

「あそこのお店は領主様のとこの人がよくパンを買いに行くからね。もともと大きな商会やってたからパン屋も兼業してて融通も利くし結構強いお店だよー」

「そうなのか。知らんかったな……また今度行くか」


 ちなみに酵母の作り方は非常に簡単だ。

 水と小麦粉を混ぜるだけである。

 一定の温度の場所で毎日ちょっとずつ水と粉を足すと発酵して酵母が出来るので、それを混ぜて作ればパンが出来上がるそうだ。

 幸いにも家の中は耐久値のお蔭で外からの環境を受け付けないので、晴れようが曇ろうがそれ程大きな気温差はない。

 店主は『暑いのと寒いのの間くらい』と言っていたので問題ないだろう。

 今日はその仕込みもしながらパンっぽい何かを作っていこうと思う。

 ただ今回はそもそもの酵母がない。

 まぁ失敗したらしたで、笑えるし構わない。

 できればギリギリでもいいから食えるものが出来ればいいのだが。


「イリス、こっちの袋から粉をこれで縁まで綺麗にいっぱいにして取り出してくれ」

「はーい」


 クラフトブックから取り出したコップを手渡すと、イリスはそれを使って全粒粉を掬って調理台の上に移し始める。

 計量カップなんてないからな……このコップを1とするしかない。

 イリスがそーっと粉を出してる間に俺は家から塩や胡椒の入った小壺を持ってきて調理台の上に並べる。

 これからはここがキッチンだし、ここに置くのが楽だろう。

 他にもクラフトブックの中に仕舞っていた鍋やフライパンといった調理器具や、アンスバッハで購入した金属製のタライなんかも持ってくる。

 ちゃんと置く場所もなくてタライの中に全部突っ込んでおいたが、こうして物があるだけで一気にそれっぽくなるから不思議だ。

 こうして外にあるだけで良い感じになるの、なんでだろう。

 でも外だから突風が吹いて塩や小麦粉が飛ぶこともあるかもしれないが、それはそれ、こういう台所なのだから割り切るしかない。

 ただこれだけは言わせてくれ。


 景色は素晴らしい!


「これくらいでいいかな?」

「何回くらい入れた?」

「4回!」

「よし。じゃあ塩を少し入れて、水を入れる、と」


 イリスが作ってくれた粉の山に塩を少し入れ、コップを押し付けてクレーターを作る。

 その穴に家の前にある炉に乗せた鍋に入っている飲み水の残りを少し加えた。


「零さないように捏ねるんだぞ。水が少なくなったらまたちょっと足していくんだ」

「まかせて」


 少し水を掻き混ぜてからクレーターの内側の粉を巻き込んで捏ね始めるイリス。

 それを横目に俺はクラフトブックで石窯の中に焚火を作成する。

 燃え上がる焚火に薪を追加していく。

 やはり下部の穴は通気口のようで、焚火は普段よりも勢いよく燃え上がっていった。

 吹き上がった炎は火柱となって上の窯の穴から飛び出てくる。

 そこへ先程の折れ曲がった器具をはめると、火が窯の奥へと放たれる。

 これで中を直接熱するんだろうな。

 実際にやってみると理解できる。


 こうして火付けによく焚火を使う俺だが、この焚火の後始末の話をしていなかったな。

 焚火が燃えた後は当然、灰になる。

 この灰はクラフトブックに全部仕舞っている。

 灰は様々な用途に使える。

 なのでこれは必ず回収することにしている。

 お蔭様で今の灰の量は500くらいある。

 ちなみにこの数値の基準は子供が片手で一掬いしたくらいの量が1だ。

 だからまぁ、結構な量だった。


「これ、大変だねっ」

「力作業だよな」

「ならっ、代わってよ」

「今忙しい」

「ぐぬぬ……!」


 俺は川から汲んできた水を買ってきた大鍋に移す作業を繰り返していた。

 鍋が乗っているのはグリル台。

 これから煮沸して飲み水を作る。

 出来上がった水は一旦、この鍋の中に入れたまま台所の端にでも置くしかないが……まぁ仕方ない。

 今度モチと一っ走りして樽買ってこようかな……。

 石窯とグリル台、どちらにも入れやすいようにクラフトブックから薪を出して積み上げておく。


「おぉ……いいな、これ。絵になる」

「おー、それっぽいね」


 そう、非常にそれっぽい。

 まるでそれ感が凄く良い。

 石窯の隣は山積みにし、グリル台の裏には小さく積んでおくと素晴らしい。

 石窯に見劣りしていたグリル台もなかなかに堂々としてくれて嬉しい。

 グリル台の隣にはそのうち棚でも置こうかと思っている。

 もちろん、燃え移らないように少し離れた場所にだ。

 この台所は横長だからそういった収納も設置できて最高だ。

 そうすればこのグリル台ももっと見栄えするだろう。


「こんなもんかなー」

「ん? おぉ、良い感じだな」

「へへん」


 イリスが頑張って作ったパン生地はしっかり粉と水が混ざっていた。

 ちょっとボソボソ感があるけれど、多分大丈夫だろう。

 クラフトブックでサクッと作った布をさっと湯通しする。

 まだ水みたいなもんだから熱くないな。

 それをきつくしぼって生地に掛け、金属製のボウルを裏返して被せてしばらく置いておく。

 なんとかひと段落といった感じだ。

 川で手を洗ってきたイリスが調理台にもたれかかるように休憩をし始めた。


「……あっ」

「え?」

「アレないよ、アレ!」


 そう言いながらイリスは両手で何かをもって変な動きをする。

 壁でも掘るかのような……槍?

 ……いや、これあれだ!


「アレだな、アレ!」

「そう、アレ!」


 一緒になって同じ動きをする。

 先っぽが平べったい板になってる棒を掴んで、目線の位置にある窯にパンを入れる動作。

 何て言うんだったか……アレである。


「どうしよう、確かにないなアレ」

「クラフトブックにはないの?」

「うーん…………ないな」


 クラフトブックを取り出して調理器具部門を捲ってみるが、そんなピンポイントで見つかることはなく。


「しょうがない。今日のところはこの長めの板で代用しよう」

「アレがないと入れられないし、取り出せないからねぇ」


 クラフトブックに入っていた長めの板を取り出す。

 このままだと流石にちょっと使いにくいので、短い辺の方をナイフで削って傾斜を付けておいた。

 となると持ち手もなんだか持ちにくい。

 作業台まで戻ってきた俺はそこに立て掛けられてるノコギリを手に取り、パンを乗せる部分を決めて切れ込みを入れる。

 そこから間隔をあけて何度か切れ込みをいれ、反対側同じように入れていく。

 良い具合になったところで斧を当て、平べったくなっている斧の背を金槌で優しく叩いてゆっくりと斧を入れていく。

 何度か叩くと切れ込みの辺りでパキッと余分な部分の木が取れた。

 その調子でコン、コン、コン……と叩いているとあっという間に俺はパンを窯に出し入れするアレを作ってしまっていた。


「イリス、できた」

「え、すご」

「才能あるのかも、俺」


 細長い持ち手と広い乗せ場のついたそれはもう立派なアレだった。

 ちょっと毛羽立ったところも斧でスーッてやったら意外と綺麗にできた。

 切れ味は正義である。


「何にしてもアレが完成して良かったよー。これで焼けるね!」

「まぁまだ焼けないけどな」


 まだ成型ができていない。

 これから切り分けて形を作って、焼くのはそれからだ。


「とりあえずソレは置いといて、綺麗に焼く為に形を整えよう」

「了解!」


 まだまだパンを食べるまでの道のりは長そうだ。

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