第38話 お風呂と山問題。
せっせとバケツで水を汲んでお風呂に入れる為に往復すること10回以上、ようやく水が沢山入った。
しかもこれはイリスと俺、別々に往復した。
多分合わせたら30回近く往復したことになる。
水路、もしくは水車の作成は急がねばなるまい。
「大きいお風呂だと、大変だね……」
「その分、ゆったり入れるから……」
大変な作業だったが、少しずつ板が浮き上がってくるのは妙な達成感があった。
そして板は予想通り、立てられた棒をレールにまっすぐと浮き上がってきた。
押せばまっすぐ沈むし、革命だな。
「次は火だ。薪は十分あるし、最初は焚火で……」
外に出て小屋の側面に向かうと、レンガが剥き出しの部分があった。
全部が塞がれている訳ではなくて、ちゃんとそこから火を入れられるようになっている。
クラフトブックを開いた俺は焚火を選択し、中に設置する。
設置し、勢いよく燃え上がる焚火にどんどん薪を入れていく。
最初はこれくらいでいいだろう。
あんまり入れ過ぎて沸騰したら入れなくなるし、このまま置いておけばちょうどいい温度になりそうだ。
ならなそうだったら薪を少し足すとしよう。
「しばらく待機だな」
「早く入りたいよ~」
こればっかりは待つしかない。
俺たちはしばらくの間、火とお湯の様子を見ながら雑談をして待つことにした。
開いた窓から湯気が出てくるのが見える。
「そろそろいいんじゃないか?」
「やった! 入っていい?」
「もちろん」
大喜びで着替えを取りに家に戻るイリス。
日用品が増えたことで収納に困った俺はベッドの下に棚を作ることにした。
今はそこに大体の物は収納できるようになっている。
この収納は俺の自作だ。
ただし、素材はクラフトブックで加工したもの。
使った道具もクラフトブックでクラフトしたものだ。
これがどういう結果を生んだかというと、なんと耐久値は設定されなかった。
クラフトブックを使って加工した素材を使って何かを作っても耐久値は設定されないという結果を得られたのは大きい。
素材集めの合間合間に作ったから不格好ではあるが、達成感は正直過去一だ。
「ただ、木材に板を張り付けてそこに引き出しを入れただけだけど、楽しかったな……」
クラフトブックで作るのは確かに簡単だ。
素材さえ集めれば水車だって作ることができる。
だが自分の手でクラフトするというのもとても良かった。
耐久値というものがないということの不安と安心も、また良いものだと思えた。
ゆくゆくはクラフトブックに頼らず生きていくことになるかもしれないなと、そう思える体験だった。
「持ってきたよ~」
「俺はここで火を見とくから、ゆっくり入ってくれ」
「覗いちゃ駄目だよ?」
「さっさと入れ」
煽情的なポーズをするイリスだが、残念なことに髪の毛に乾いた泥がついたままだったので何の感情も湧かなかった。
不発に終わったイリスはそのまま風呂場に入っていく。
衣擦れの音が風に流され、俺の耳まで届く。
意識して聞かないようにしながら棒で焼け落ちそうな薪をしばく。
「……あ、先に流してから入れよ。お湯が汚れるから」
「はーい!」
別にそんなに大きな声出さなくても聞こえるが、声の大きさはテンションの大きさと比例しているのかもしれない。
俺も入りたくてちょっとソワソワしているもんな……。
風呂場には先程、木桶をクラフトして置いておいた。
小さめのタライみたいな形をした桶だが、それがあるとないのとでは大きく変わる。
バシャァッとお湯が流れる音がする。
早速使ってくれているらしい。
「熱いかー?」
「んーん、ちょうどいいよ!」
「はーい」
ならば冷めないように火を維持しよう。
何度かお湯の流れる音が聞こえ、しばらくして小さくお湯が跳ねる音がした。
「ふあぁぁ……」
そして気持ち良さそうな声が聞こえてきた。
うんうん、そうなるよなぁ……わかるわかる。
少しの湯が跳ねる音が聞こえてくる。
俺は邪魔することなく、火の番をするのだった。
□ □ □ □
その後はイリスが出た後に少し火力を上げて温め直し、俺も入った。
それはそれはもう、何とも言えないくらい最高に気持ち良かった。
ただ水を熱くしただけで何でこんなに素晴らしいものに変わるのか、意味が分からないくらい気持ち良かった。
結局お湯が冷め始めるまでじっくり堪能し、ホカホカの体で家へと戻った。
「おかえり~」
「ただいま。お風呂最高だな……」
「これから夕飯作ろうって体じゃなくなっちゃうよねぇ」
「確かに……」
もうこのままベッドに沈んで寝てしまいたい。
そう思ってしまうくらい、今は動きたくなかった。
座りたくてベッドの上に腰を下ろしたが、自然と横になろうとする体を制御するのは至難の業だった。
体の中の熱が落ち着くまでの間、押し上げ窓から抜ける風を浴びつつ、次にクラフトするものを考えていた。
「イリス、この拠点には何が足りないと思う?」
「自給自足する環境かなぁ。今ってモチちゃんに頼んでる部分が多いでしょ? そこを解消できればモチちゃんの負担も減るし、もっと生活が楽になると思うんだ」
「なるほど……」
正直そんなに早く正確な反応をいただけると思ってなくて虚を突かれた気持ちだった。
だが考えている内容は同じだった。
これまで何度か言っているが、畑を耕すつもりでいる。
その為の道具はクラフトブック内にもストックはあるし、場所も確保している。
ないのは種や苗だ。
「また町に行って苗を買うしかなさそうだな」
「そのことなんだけど、うちの商会で集めようか?」
「えっ、いいの?」
「うん。クラインくんの為なら力を貸すってお父さんも言うだろうし」
願ったり叶ったりだった。
「牧畜もするんだよね?」
「予定ではね。まだ餌問題が……」
「じゃあ藁とか小麦とか、仕入れてもらう?」
話がトントン拍子で進んでいる気がする。
この波に乗るべきなのだろう。
「ありがとう。でもまだいいや」
「わかった~」
しかしこの急激な変化に気持ちが追い付かなかった俺は、その申し出を一旦断ることにした。
確かにイリスの申し出は有難い。
彼女とハッシュさんの力があればここはとても住みよい場所になるだろう。
しかし、そこに俺の力はない。
仕入れてもらって、買って、できました。
それでここが『俺のユートピア』と言えるのだろうか?
俺はその自問に胸を張って『そうだ』と自答することができなかったのだ。
「ちゃんと基盤がしっかりしてからかな。まだ解決しなきゃいけないことは多いから」
「例えば?」
「家の前にある山。あれ、崩れてきたら怖くない?」
「あー……たしかに」
「あれはいつか完全に更地にする予定なんだ。それが終わるまではなかなか大規模に、ってのは難しいかな」
「でもあんな大きなの、どうするの?」
そこなのだ。
そこが一番の問題で、だからずっと考えてきた。
どうすればいいか、どういう可能性があるか。
最近、その問題を突破する糸口を見つけた。
本当に糸の端っこくらいの小さな小さなきっかけだった。
「その点は少し考えがあるよ」
「おぉっ」
イリスの反応を受け、俺はゆっくりと口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます