第88話 黒猫竜。

 何度かの休憩を挟み、ついに俺達は台地まで到着することができた。

 道があるからって安心していた訳ではないが、途轍もなく急な坂の連続でめちゃくちゃ疲れた。

 場所によっては1mくらいの崖みたいな場所もあって、そりゃ獣人にしてみれば道だよなと思いつつ、必死になって食らい付いた。

 そして最後までモチの手を借りることなく到達することができた。

 長い山道の先にはご褒美のような見晴らしの良い台地が広がっていた。

 俺はその入口でひっくり返って浅い呼吸を繰り返していた。


「ヒィ、ヒィ……しぬ……!」

「死ぬなよ、これくらいで」

「そうは言うがっ、人と獣人にはっ、大きな身体的差がっ」

「分かった分かった。ゆっくり休め」


 肺に残った空気を捻り出しながら訴えるもケイは暖簾に腕押しといった感じなので俺は悔しい気持ちを抑えてクラフトブックから水瓶を取り出した。

 セットの柄杓も取り出し、ケイに投げ渡す。


「助かる~!」


 嬉しそうにケイは水瓶に柄杓を突っ込んで水を掬い、がぶ飲みし始める。

 ウーゴ、ケットと順に柄杓は回っていき、イリスがモチに水を飲ませた。

 それからイリスが水を飲み、最後に息が整った俺が水を飲んで水瓶を仕舞った。


 さて、ここが黒猫竜の生息地とのことだが姿は一切見えない。


 もしかしたら狩りとかしてるのかもしれないな……鶏だけじゃやっていけないのかもな。


「周辺を捜索してみようか。二人一組で探してくれ」


 ケイの指示で俺達は探索をすることにした。


「ケットちゃん、いこ!」

「うん、イリスちゃん」


 イリスは早速ケットを捕まえていた。

 ケットも嬉しそうに二人で歩いていく。

 その後ろ姿はまるで遠足だった。

 ケイはウーゴを連れて登ってきた山道方面に行ったので、俺はモチと共に反対側、崖の方へとやってきた。


「確かにここからなら殆どが見渡せるなぁ」


 見晴らしのいい台地だ。

 過去に魔狼族が見張り台として使っていたのも頷ける。

 めちゃくちゃ景色が良くて、ずっとここにいたいくらいだよ。


「すげぇな……」


 黒猫竜を探しに来たことも忘れて景色に見入ってしまう。

 果てしなく広がるスケアグロウ大森林。

 自分もこの森の住人なのだと思うと、どこか誇らしかった。


「……」


 モチもどこか懐かしむように景色を見ている。

 その背中を撫でていると、ピクリとモチの耳が動いた。


「どうした、何か聞こえたか?」

「……」


 立ち上がったモチが崖際を歩いて移動するのでついていく。

 すると台地と突き出た山肌の間の崖の部分までやってきた。

 下を覗き込むと、まさに断崖絶壁。

 降りれるような場所はない。

 そんな崖の下から小さな音が聞こえてきた。

 最初は風切り音だと思った。

 でもよく聞けばそれは牛の鳴き声にも聞こえた。


「モチ、今のは」

「……」

「ケイ!」


 すぐにケイを呼ぶ。

 きっと黒猫竜はこの崖下にいる。

 台地には住んではいなかったのだ。

 そりゃそうだ、考えればすぐに分かることだった。

 俺はここに着いて最初に見晴らしの良い場所という印象を抱いた。

 そんな場所に平気な顔して住むような奴なんているはずがなかったのだ。


 猫竜ならではの機動性を活かした奇襲のできるポジション……それが正解だった。


「!」

「ぐえっ!」


 モチが俺の襟首を噛んでいきなりジャンプする。

 首が絞まって情けない声が出てしまうが、そのままモチは空中で俺を放り投げ、鞍へと乗せた。

 俺は放り出されないように必死になって鞍にしがみつく。

 いつもは音もなく着地するモチが後ずさるように、滑るように着地をする。

 モチの足の裏で摩擦された砂利が擦れ合い、土煙を上げる。

 その土煙が途端に吹いた風で吹き飛ばされた。

 見ると剣を振り切ったイリスの姿が見える。

 確かあれはクレアさんのお下がりの剣だ。

 道中に聞いた銘は確か『風剣アミアカルヴァ』。

 酸素を生み出す剣だとか……なるほど、だからあの突風か。


「クラインくん!」

「駄目だ来るな!」


 駆け寄ろうとするイリスを手の平を向けて静止させる。

 理由は言うまでもない。

 晴れた土煙のその向こうに、四足歩行の姿が見えたからだ。


「……」


 ジッと無言でこちらを睨む黒猫竜がそこにいた。


「ついに会えたな……黒猫竜……ッ」


 黒猫竜はモチとはまったく違う姿だが、確かに猫竜だった。

 モチは長毛の、例えるならばノルウェージャンフォレストキャットのような美しい姿だ。

 しかい対する黒猫竜は、確かに美しかったがそれとは別の野性味に満ち溢れた黒豹のような姿だった。

 モチのような額から伸びる大きな角はない。

 しかしその代わりなのか、体毛の薄い部分を鱗が覆っていた。

 モチも手首や足首に鱗はあるが、その程度だ。

 対して黒猫竜は指先から肘、爪先から膝までが鱗に覆われ、顔も薄っすらと鱗が見える。

 日光に反射した黒は深い藍や碧を思わせる光沢を見せ、俺達の目を引いた。

 そのどれもがモチとは正反対な存在……それが黒猫竜へのファーストインプレッションだった。


「どうする、クライン!」

「こいつの標的は俺達のようだ……ケイ達は固まって防御を」

「了解……! 上手くやれよ!」


 ケイの激励に、黒猫竜から視線を外さずにサムズアップで返す。

 あの崖際が黒猫竜の奇襲ポイントだとしたら、踏み込んだ俺達が狙われるのは至極当然。

 ならばそれを逆手に取り、俺達に注目してもらう。


「頼んだぞ、モチ」

「にゃあん」


 モチの鳴き声に黒猫竜がピクリと反応し、姿勢を低くした。


 さぁ、始めるとしよう。

 命を懸けた、説得を。

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