第87話 ドルミナ山。
眼前に立ち塞がる山を見上げる。
遥か空まで届くかのような山だが、山道があると聞いて実は安心している。
どんなに険しい道だとしても往来があったのだから歩けない場所ではないだろう。
そう思うと昨日まで見上げていたこの絶望的な景色も、雄大な自然の景色に見えてくるもので、人間というのは簡単だなぁと思ってしまう。
「気を付けてな。いつどこで襲われるか分からんから、集中していけよ」
「えぇ、気を付けますよ。無事に帰ってきます」
ケイとガガルガが握手して、俺達は魔狼族の里を出発した。
足の短い草のフィールドは里を出て少しすると砂利道に変わった。
足の裏に小さな石の感触が伝わってくるのが分かる。
「ガガルガの言った通り、こっから先は戦場だと思え。ケット、いつでもバフ掛ける準備しとけよ」
「うん」
ケットが腰に差した杖に触れて改めて場所を確認し、ウーゴは肩に担ぐ大剣の位置を直した。
今回、俺達は必要最低限の装備で台地へ向かっている。
持ってきた食料やらはガガルガの厚意で預かってもらっている状態だ。
なのでウーゴは非常に身軽だ。
そしてその必要最低限の荷物というのは俺がクラフトブックの中にある。
持ち寄った食料なんかをクラフトブックに入れてストックし、必要になったら取り出す。
ただ、水だけはそのまま入れることができないので難しい。
これは水に形がないからである。
同じく気体もそうだ。
逆を言えば形を与えてやれば入れてやることができる。
水瓶とか、水筒とかだな。
クラフトブックに水筒を入れてみて気付いたのだが、上限いっぱいまで水を入れた水筒をストックできたが、少しでも減ると別枠に表示されるようになっていた。
例えば内容量90%の水筒と89%の水筒は別々に表示される。
水筒の項目をタッチすると文字で一覧が出てくるので分かりやすい。
ただ、誰がどれだけ飲んだものかを把握しないといけないのでちょっと面倒だ。
まぁ回し飲みくらい別に気にはならないし……気にしてる場合でもないしね。
なんというか、必要最低限と言ってもクラフトブックがあれば必要以上に持ち運びができてしまうから便利過ぎて怖い。
弱点らしい弱点というと俺が殺されてしまうと荷物がなくなってしまうことだ。
だがこれば実際に荷物持ちがいたとしても、はぐれたりするのと同じような状況になるから一緒だ。
結局、荷物にならない荷物持ちという点ではクラフトブックが最強だった。
1時間も歩くと山の斜面がはっきりと見えてきて、そこにうねうねとした山道を見つけることもできた。
「あれを登っていくのか……」
「大変そうだね~」
俺の隣を歩くイリスが弓を片手ににへらと笑う。
この旅においてイリスの役割というのはそう多くない。
だが困った時の判断なんかはイリスにしていた。
天候の左右や、場の状態なんかでソロ冒険者の知見というのは馬鹿にできない。
そしてそれをひけらかす様な奴でもないから、ケットもウーゴもすぐにイリスのことを信用してくれたのが俺は嬉しかった。
なんというか、全体を見てくれる安心感? のようなものがイリスにはあった。
勿論、ケイも全体を見てくれているがそれはパーティーメンバーをという意味である。
イリスはそれよりももっともっと広範囲を見てくれているような感覚があった。
俺と同い年なのにここまで経験の差があるのかと少し愕然としていたが、専門分野なのだから特化していて当然だった。
その分、俺にはクラフトブックという力があった。
だからサポート面に関しては他の誰よりも役に立てたという自負がある。
そんなことを気にしてるのは、俺だけなんだけどな。
山道の入口に到着した。
そこには何かを置いて、その後に引きずったような跡があった。
「牛だろうな。ここに少し暴れた後がある。生きたまま運んでいるのだろう」
片膝をついたウーゴが指を差して教えてくれるが、俺には正直あんまり分からなかった。
ウーゴが言うのならそうなのだろう。
そして生きたまま奪ったということは、やはり子供がいるのだろう。
いざ、山道へと踏み込む。
蛇行する坂道というのは物凄く足に負担が掛かる。
今回、俺も地に足付けて歩かせていただいている。
モチには働いてもらうので負担を減らすのが目的だ。
俺一人くらい乗せてても平気だったろうが、そうはいかない。
これは俺の問題なのだ。
モチは怒ったような顔をしていたが、俺は歩かせてもらっている。
「はぁ、しんどい……!」
「こんなとこでバテてたら恰好の的だよ~?」
「そうは言うけど、疲れるだろ……っ」
勇み足という訳でもなく、あくまでペースを守って歩いていたのに結局これだ。
やはり俺は弱い。
「……」
「いや、乗らんからな、モチ……。俺は歩かねばならんのだ……俺自身の為に……!」
そう、俺は歩かなければならない。
楽して目標達成なんて、そんな甘っちょろいことなんて絶対にしたくない。
そりゃ皆に負担を掛けてしまうからモチの厚意には甘えたけれど、ここから先は絶対に甘えない。
決めたからには台地まで歩く。
皆に比べれば本当にちっぽけなことかもしれないけれど、これが俺の最初の一歩なのだと言い聞かせた。
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