第86話 助けたいという気持ち。

 食事は続く。

 俺達は自分達で立てた推論をガガルガに話すと、肉を口に運びながらそれを聞いてくれた。


「確かにその通りかもしれんな」

「やっぱりそう思いますか?」

「辻褄なんてのは合わせようと思えばいくらでも合わせられるが、クライン、お前の立てた推論は辻褄が合いすぎている。確定でいいだろうな」


 ガガルガの返答を聞いて、噛み締めながら俺はカップの中の水を飲んだ。

 オデッサにも言ったことだが、これは俺の現実逃避だった話だ。

 黒猫竜を殺したくないという我儘の先。

 しかし今回に関してはどうやら、逃げた先が正解の道だったようだ。

 もうそろそろ信じてもいい頃だろう。

 ただ、まだ信じるだけだ。

 この目で見るまで正解かどうかは分からないのだから。


「黒猫竜の棲み処なら知ってる」

「!」

「つっても予想だけどな。ドルミナ山中腹の台地だ。元はトキシックコボルトって凶悪な連中が棲んでたんだが、一昨日辺りに全部逃げ出したんだ。絶対そこに棲んでる」


 トキシックコボルトというのは確認するまでもなくあのコボルトの集団だろう。

 黒猫竜に襲われて棲み処を追い出され、背後に気を付けながら迂回に迂回を重ねて今日、猛ダッシュで距離を稼いだ……そんなところだろう。


「場所はこの里からまっすぐ山に向かっていけばいい。山道があるからそこを進めば台地に出るようになってる」

「道があるのか……助かる」

「元は我らの見張り台に使っていた場所だからな。戦うこともなくなって廃れたが」


 昔は戦ってたってことか……まぁ、ずっと平和ってこともないだろうしな。

 過去のスケアグロウ大森林の世界を想像してゴクリと唾を飲み込む。


 その後も色々と話は続いたが、隣に座るイリスが眠そうにしていたので解散を提案した。


「じゃあ部屋に案内する。今日はゆっくり休んでくれ」

「助かります」


 ガガルガの奥さんが案内してくれた部屋にイリスとケットとモチが入っていく。


「また明日な」

「うん、おやすみ~……」

「おやすみなさい」

「……」


 イリス、ケット、モチの順に挨拶していき、俺達は男でまとめて部屋に押し込まれた。

 ちゃんと人数分の布団が敷かれていて、ベッドを出す必要はなさそうだと安心する。


「俺ここな」

「俺はここだ」

「おい、俺真ん中かよ……」


 文句を言う暇もなく布団に入り込むケイとウーゴ。

 一瞬で寝落ちるケイと、少し遅れて寝始めるウーゴ。

 二人に挟まれながら俺はしばらくうなされ、やがて疲労から気絶するのだった。



             □   □   □   □


 朝になり、凝り固まった体をほぐしたくて外へ出た。

 誰も起こさないようにそっと扉を開けて外に出て、シャクッという音に肩が跳ねた。


「霜が降りてるのか……」


 短く刈られたというよりは踏みすり潰された短い草の表面が白くなっているのが見える。

 俺達が住んでいる場所に比べれば山に近いからかな……あとは標高という要素もあるだろう。

 この森に来て初めて目にする冬の要素だった。


 シャクシャクと鳴る草を踏み締めながら散策する。

 鼻から吸い込む冷たい空気が肺いっぱいに満たされ、体を内側から冷やしていくのがたまらなく心地良い。

 当てもなく歩き回り、昨日歩いた柵の道へとやってきた。

 このまま行けば帰り道だ。

 何の音もしない景色がとても幻想的だったが、ふと耳に牛の鳴き声が聞こえてきた。

 音がした方を見ると、赤い屋根の大きな厩舎が見える。

 近付いてみると、大きな真新しい観音開きの扉が少し開いていた。

 気になって中を覗いてみると、魔狼族の青年かな? 一人で干し草を餌箱へ運んでいるのが見えた。

 牧場の作業風景を見たことがなかった俺はしばし観察していた。

 餌箱に干し草が詰め込まれると、待ってましたと言わんばかりに牛たちが群がってくる。

 柵の隙間から顔を出し、勢いよく食べていくのはまるで何かの競争のようだった。


「おわ!」


 と、青年が俺に気付いて声を上げた。

 何となく気拙い。


「すみません、少し開いてたのでつい」

「別にいいっすよ。でも声掛けてもらえると嬉しいっす……びっくりしちゃうんで」


 青年もちょっと気拙そうに笑うので、俺も少し笑いながら中へと入り、しっかりと扉を閉じた。

 牛たちは来訪者なんてお構いなしに餌に夢中だ。

 その食べる様子を眺めていると青年が話し掛けてきた。


「アレっすよね。猫竜の……」

「あぁ、そうですよ。何とかしに来ました」

「里中で噂になってますよ、お客さん。猫竜連れてるから」


 まぁそうだよな……これから猫竜を始末しようって奴が来るだけでも噂になるのに、そいつが猫竜連れてるんだから気になるよな。


「てかお客さん、人族なんすね。てっきり妖猫族かと思ってたから」

「はは、色々ありまして……親だった人にこの森に捨てられちゃって、そこで出会ったのがあの白い猫竜なんですよ。それからはずっと一緒です」

「へぇ~!」


 ピッチフォークを支えに立ちながら、青年は感嘆の声を上げた。

 それから少し悲しそうな顔をする。


「でもそっかぁ……出会い方が違ったら、家族にもなれるんすね……」

「何かあったんですか?」

「いや、俺ね、ここで黒い猫竜にバッタリ会っちゃったんですよ」


 突然の内容に思わず目が丸くなった。


「そこの大扉、建物に比べて新しいの分かります?」

「はい」

「あれぶち破って入ってきたんですよ、猫竜が。で、俺、今みたいに餌やりしてたんですけどもうビビッちゃってビビッちゃって……牛を奪いに来たのは一回や二回じゃなかったから、また来たんだなって。だから奪われないようにって、これ向けて」


 そう言って青年は支えにしていたピッチフォークを、黒猫竜がいたであろう方向へ向けた。


「でも対峙して分かったんすよ。あいつの目、あんまり必死だったから……俺、向けてたこいつを下げちゃったんですよ。……そしたらあいつ、俺の真横を通って牛を搔っ攫っていったんです」


 子供の為、必死だったんだろうなと思うと黒猫竜の気持ちも分からないでもなかった。


「なんか、大事なことなんだろうなって。生きるとか死ぬとか、そういう。でも俺が見逃しちゃった所為で、ガガルガさんが阻止しようとして」

「肩を?」

「はい……」


 落ち込んだように俯く青年。

 この人の気持ちも、分からないでもない。

 確かに必死に生きる者の前に立てば、心も揺れるだろう。

 その結果、ガガルガが傷を負った。

 負い目になるのもしょうがない話だった。


「お客さん」

「はい」

「あいつ、どうにか殺さずに……ってのはできないんですかね……?」


 青年の目からは負い目を感じつつも、黒猫竜を助けたいという感情が見えた。

 それは俺も同じだ。

 あの黒猫竜が灰爬族と魔狼族に与えた被害は甚大だ。

 でも、俺はどうしてもそれを、殺しておしまいにだけはしたくなかった。


「俺も一緒です。できればその猫竜を助けたい。俺が猫竜に助けられたようにね」

「お客さん……!」


 喜ぶ青年に力強く頷いた。

 さぁ、そろそろ太陽も昇り、日が差す頃だろう。

 霜は解け始め、出発の時間がやってくる。

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