第89話 対話。
5m程離れた正面に黒猫竜が身を低くする。
どう出てくるのか分からず、降りるべきかと身を揺するがそれよりも早くモチが動いた。
まっすぐ一直線。
一歩目からトップスピードの風圧に、先程まで降りようとしていた体は反射的に鞍にしがみ付いていた。
一瞬にして眼前に迫る黒猫竜は驚いたような表情をしていたが、すぐに迎撃態勢に入る。
しかしモチは攻撃しない。
黒猫竜の目の前でピタリと止まり、小さく一言鳴いた。
『話がしたい』と。
黒猫竜には言葉が通じたのがはっきりと見て分かった。
見開かれた目、ぴくりと動いた耳がその証拠だ。
しかし対話には応じず、爪を振り上げた。
モチは後方へジャンプしてその一撃は空を切る。
奇襲ではない向かい合って最初の一合が、お互い空振りに終わった。
「にゃあん」
最初よりも距離が開いてしまった。
それでもモチは説得を続ける。
だが黒猫竜は応じない。
ケイ達は固まって防御姿勢でこちらの様子を伺っている。
完全な硬直状態だった。
それを破ったのは黒猫竜だった。
再び距離を詰めての爪の斬撃。
しかしモチは舞うようにそれを交わし、一定の距離を取り続ける。
俺を背中に乗せてることなんて何のハンデにもなっていなかった。
避けながらずっとモチは鳴き続ける。
もしかしたらそれが黒猫竜の神経を逆撫でしたのかもしれない。
低く唸った黒猫竜は低くしていた姿勢を戻し、右前脚で強く地面を叩いた。
ヒビが入る地面。
そのヒビの隙間から黒い粒子のような……煙のようなものが、ゆっくりと溢れ出てくる。
「ガオォォォオオオォォォォオオン!!!!」
大気を震わせるような咆哮と共に粒子は爆発したように膨れ上がる。
その粒子の末端が鋭い槍のような形に変わり、矛先が俺達を狙った。
やばいと思った時にはモチはもう走り出していた。
身を屈めて鞍に捕まりながら粒子の動きをジッと睨む。
走り続ける俺達をずっと狙い続ける粒子の槍はついに動きを見せた。
「来るぞ!」
俺の声にモチの速度が一瞬、速くなる。
すると先程まで俺達がいた場所に槍が突き立った。
粒子の槍はその長さの約半分が地面に埋まっていることから、とんでもない威力であるのは明白だった。
モチは速度を速めたり遅くしたり、ジグザグに動いて槍を交わし続ける。
無限にも思えた数秒間。
その間に膨れ上がった粒子は殆どが槍として撃ち出されて薄くなってきていた。
「どうする、モチ」
「……」
走りながらモチがチラ、と黒猫竜を見る。
息は切らしていないようだが痺れは切らし掛けているのが伝わってくる。
「にゃあん」
「……殺すなよ!」
モチが出した案は『一発殴って大人しくさせる』だった。
普段はお淑やかなお嬢さんだが、こと戦闘においては非常に脳筋になるようだ。
左足でストップをかけ、一瞬で方向転換をして一直線に突っ込むモチ。
薄くなった粒子の隙間から見える黒猫竜が目を見開いて驚いていたが、すぐに迎撃態勢を取る。
残った粒子を全て槍へと変換し、こちらへと射出してきた。
それをモチは最小限の動きで躱していく。
だからスピードが落ちない。
いや、むしろどんどん上がっていく。
顔面に当たる風で開けづらい目をどうにか薄目にしながらジッと黒猫竜を見る。
黒猫竜は右手の爪に粒子を集めていく。
普通の3倍か4倍程のサイズの爪を振り上げ、肉薄したモチへと振り下ろした。
「ガルァア!!」
しかし爪は空振りに終わる。
モチは避けず、そのまま圧倒的速度で走り抜けたのだ。
そして跳躍。
何もない空間を蹴って反転、黒猫竜の真上でまた何もない空間を踏み、速度を乗せて落下。
揃えた前脚が黒猫竜の後頭部に入り、地面へと叩きつけた。
「……ッッッ!!!」
「にゃあん」
綺麗な三角形を描いた一撃だ。
その背中に乗っていた俺は上下左右する景色の変化で三半規管が口から出てきそうだった。
普通の生き物なら頭が潰れたトマトのようになっている攻撃だったが、流石は黒猫竜、頭の形もそのままに地面へと減り込んでいた。
その体の下から影が左右に伸び、槍のように尖って頭上のモチへと瞬時に伸びる。
もちろん、モチがそれに当たるはずもなく。
ひょいと軽々と避けたモチが黒猫竜の正面へ着地した。
今に至るまでのやり合いからモチの実力の方が相当上なのが分かった。
素人の俺ですら分かることだから、野生に生きる黒猫竜はそれを肌で感じて理解しているはずだ。
それでも戦闘をやめないのは、子供を守る為?
だがモチは別に戦っている訳ではない。
モチは一貫して『話がしたい』と対話を続けている。
断続的にそれを黒猫竜に話しているのだが、それがまったく伝わらない。
聞いて、理解しているはずなのに応じない理由は?
人間と一緒にいるから警戒しているのだろうか。
分からない。
だが、それでも対話を続けるしかない。
殺さない為に。
「にゃあん」
「……」
「にゃあん」
『落ち着け、争う意志はない。あなたと話がしたいだけだ』
モチが伝えた言葉だ。
黒猫竜はジッとモチを見る。
それからその背に乗る俺を。
初めて目が合った気がする。
「頼む、話を聞いてくれないか?」
「……」
黒猫竜は何も言わない。
その赤く鋭い眼光を、スッとケイ達の方へと動かした。
ケイ達がビクリと肩を竦ませるのが見えた。
黒猫竜がこちらへ向き直る。
そして、黒猫竜が、ニヤリと笑った。
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