第47話 万能の代償。
戻ってきて早速したのは食事だ。
昨夜の残りのパンを再びトーストにしてウサギ肉を挟んで食べた。
この食べ方でないとどうしてもあの『ゴブリンの頭』というパワーワードがよぎってしまって、焼かずには食べられなかった。
これが比喩表現なら良かったのだが、イリスの実体験だそうだし、実物も俺は見ている。
なのでどうしても引き寄せられてしまうのだ。食感が。そっちの方に。
焼いたパンを焼くって発想を最初にした人に俺は全てを捧げたい気持ちです。
さて、食事を終えた俺たちは植林予定地へとやってきた。
場所は橋を渡った先のエリアだ。
ここは洗濯機やお風呂、トイレを作る為に少し多めに伐採した場所で、本来は放牧エリアにしようと思っていたのだが、まだ先になりそうなので木を植えることにした。
放牧するには餌と厩舎が必要になってくる。
その餌は主に小麦だ。
草も食うし、実も食う。
問題は放した途端にあっちこっち好き勝手行きまくるのを避ける為の最低限の柵を用意しなければならないことだ。
一応、柵無しで放す為の策はあるが……上手く行くかは運だ。
まぁ、それも含めてまずは植林。
次に農耕だ。
植えるのは先程も話に出た小麦と、それと比較的簡単な芋類だ。
もう今から楽しみだ……その楽しみの為に、今を頑張るのだ。
「よし、苗木はこの辺に植えてみよう」
「掘るよー!」
シャベルを持ったイリスが勢いよく先端を地面へと突き刺した。
縁に足を乗せて体重を掛けて地中に埋め込み、てこの原理で持ち上げる。
俺も手にしてるシャベルを同じように突き刺してどんどん地面を掘り返していく。
苗木の根っこの部分が埋まるほどの穴ができたら、モチに繋げたそりから苗木を下ろして埋めていく。
まっすぐ上を向くように調整し、掘り返した土を埋めて活着するように足でギュッギュと踏む。
モチも前脚を使って手伝ってくれました。偉いね!
残りの1本も同じように植え、次に新芽を植える。
「こんなもんかな?」
「綺麗に並んでて可愛いね」
こちらも同じように植えてみた。
鉢植えとか用意した方が良かったかもしれないが、想定している成長速度を考えると邪魔になる可能性が大きかったのでやめた。
そして最後に一番重要なものを用意した。
それは肥料だ。
この肥料があるとないとでは大違いだ。
クラフトブックで作った肥料を投与することで、この植林はエターナルデイズというゲームと接点を得る。
クラフトブックから広がるエタデの侵食が、この植林に影響を与えてくれるはずだ。
ちなみに肥料の材料は……言うまでもないので言わないでおこう。
「これ撒いたら終わりだな」
「肥料? う、もしかして」
「皆さんのお蔭で成り立ってますとだけ言っておこう」
皆さんというか、俺とイリスだけなんだが。
クラフトブックから取り出した肥料をささっと苗木や新芽の周りに撒く。
最後に川から水を汲んできてちょっと湿らせる程度に濡らせば植林終了だ。
パッと見の変化はまだない。
流石に目に見えてグングン伸びるなんてことはなさそうだ。
拠点に戻ってきた俺たちはそれぞれ自由時間を過ごすことにした。
おれは何をするかというと酵母作りの続きだ。
といっても初日に入れた量と同じ量を追加して掻き混ぜるだけだ。
「どっこいしょ、っと」
家から台所まで運んだ酵母入り壺の蓋を開ける。
中身は練られたパン生地みたいなのが底面にへばりついている。
匂いは草刈りした後みたいな匂いがする。
一度蓋を閉じた俺は手鍋を棚から取り、グリル台の上に置き、そこへ水を半分くらいまで入れる。
妙な雑菌が入らないようにコップとヘラを再び煮沸する為だ。
水が沸いたらその中へコップを沈め、ヘラを入れる。
数分ほど煮込んでから取り出し、冷めたらコップ1杯分の全粒粉と煮沸した飲み水を入れてヘラで掻き混ぜた。
先程嗅いだ草の香りがふわりと舞い上がる。
これが今後はどうなっていくのか、楽しみだ。
いつか絶対にゴブリンヘッドパンを超える最高のパンをイリスとモチに食わせてやりたいなぁ……。
□ □ □ □
翌日。
俺は早速昨日植えた苗木の様子を見にやってきた。
「う、おお……!」
太目の枝みたいな細くか弱い幹をしていた苗木は俺の腕くらいの太さにまで成長していた。
全長も俺の胸くらいまでだったのに、もうすっかり越えてしまっていた。
「やった……やったぞー!」
苗木がエタデのルール下で成長していた!
これは本当に凄いことだった。
世界が変わると言っても過言じゃない。
この速度なら俺は今まで樹木を狩ってきたスケアグロウ大森林に生きている間に恩返しができる。
いや、それ以上だ。
確実に、俺は素晴らしい結果を出した。
それと同時に、俺は恐ろしさも感じていた。
この事実が世間に知られる訳にはいかない、と。
恐ろしく早い成長を世間が見逃してくれるはすがなかった。
幸いにもこのスケアグロウ大森林には普通の人は立ち入らない。
冒険者ですら忌避するくらい危ない場所というのが本来のスケアグロウだ。
俺は幸運に幸運が重なった結果、住めているからいいが……俺以外の誰かがここに住み着くとなると難しくなってくる。
「このとんでもない結果を見て、迷ってるのかな……」
俺は俺の国をここに作りたかった。
誰も俺を排除しようとしない、理想の国。
しかし国には国民が必要だ。
王様だけでは国は作れない。
でもこのことを知って、黙っていられる人がいるだろうか?
イリスはいい、彼女は絶対に俺を裏切らないと信じられる。
ケイ達も家族だ。
それ以外は……正直、怪しい。
あの快闊な印象を与えてくれた貴族の三男坊冒険者のレニですら、この事実を知れば豹変するんじゃないかって疑ってしまう。
「まずいな……本当に良くない。いくら今までがどん底だったからって、人を疑うようなことだけはしちゃいけない……嫌だ嫌だ嫌だ、そんな風になりたくないよ……!」
それは無条件に信じろという話でもない。
だからって誰彼構わず疑ってかかるのは違うだろう。
俺は自分が怖くなっていた。
そしてクラフトブックも。
「どしたの、そんな所で頭なんか抱えて」
「にゃあん」
「イリス……モチ……」
「やったーって聞こえたからてっきり良いことがあったと思ったのに……大丈夫?」
純粋に俺を心配してくれる2人が、今では唯一の心の支えだった。
そんな2人を疑えるはずもなく、だからと言って他を疑って……とてもじゃないが俺はこの事を1人で抱えられなかった。
「聞いてくれるか? 俺の話」
「いくらでも聞くよ!」
「にゃあん」
2人の暖かい言葉だけが、唯一の救いだった。
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