第48話 期待と信頼に応える力。

「今更じゃない?」

「その一言で片付けられるくらいの散らかりじゃないよ!」

「いやー、でもそう思うし。ねぇ? モチちゃん」

「にゃあん」


 モチにも『今更』だと言われる始末だった。

 確かに今更は今更だ。

 家1つを瞬きの間に作るような力だ。

 今更も今更だった。


「けどやっぱりほら、不安にはなるよ。無自覚だったけれど、これって世界を大きく変える力には変わりないだろ?」

「確かにそうだね。この分なら1週間くらいで立派な木に成長するだろうし」


 イリスが植えた木を見上げながら言う。


「この後やろうとしてる農耕もきっとこうなるよね。そしたら飢饉なんてなくなる。でも流通させれば沢山の農家が首を括ることになるだろうね」

「なんでそう追い込むようなことを……」

「だから、それも含めて今更だって言ってんの!」


 バシン、と強く背中を叩かれる。


「全部ひっくるめて、それが君が授かった力。それを今更否定するようなことを言うのは、これまで頑張ってきたクラインくん自身を裏切ることになるよ。私は、それだけはしてほしくないよ」

「イリス……」


 辛い人生だった。

 酷い人生だった。

 けれど、それでも俺は俺なりに頑張ってきた。

 その頑張りを裏切る、か。

 確かにそうかもしれない。


「にゃあん」

「モチ……ありがとう。心強いよ」

「モチちゃん、なんて?」

「『私がいる。好きにやれ』ってさ」

「あはは、最強の竜が味方だねぇ。そりゃ確かに心強いよ!」


 この2人がいてくれるのも、頑張ってきたから……なのかな。

 だとしたら2人のことも裏切れない。

 俺は俺の力を俺の味方の為に振るうと、今ここで改めて約束しよう。

 そしてこの力が世界の敵にならないようにしなければならない。

 何かを作るだけの力だが、何かを生み出すというのは何ものにも代えがたい力になる。


「よし、今後の方針を伝える! キーワードは『地産地消』だ!」

「地産地消! いいね、ここにピッタリだよ!」

「ここで生み出したものはここで消費する! 外部には持ち出さない! ただし、金銭的に困窮する場合や消費しきれない場合は少量の持ち出しを可とする!」

「やっぱりお金がないとね~」

「その通り!」


 売る為に作るのではないということだけは肝に銘じておかなければならない。

 俺たちがここで暮らす上で、食料値の上限が溢れそうな場合や資金の底が見えそうな場合は金銭へと変えるという手段を取るだけだ。

 それならば相場破壊にもならないし、世界情勢を変えることもないだろう。


「まぁ基本は今までと変わらないね」

「そうだな。これまでは消費するだけだったけれど、ここに生産が加わるからその取扱いに注意って感じで」

「了解だよ!」


 改めて伸びた木を見上げる。

 家で言えば2階くらいの高さだが、それでも1日でここまで伸びたのは本当に凄い。

 そしてそれはクラフトブックのお蔭で。

 俺はこのスキルを信じてここまでやってきた。

 このスキルは破壊ではなく創造の為のスキルだと知っていて、そして信じていた。

 しかし思えば創造の対極にあるのはいつだって破壊で、このスキルにその側面があるのは当然だった。

 便利なものをどう使うかはその人次第だ。

 ならば俺は良い方向に向かうように使うだけだ。

 そして何か間違えた時はモチやイリスが助けてくれる。


「頑張ろうな、2人とも」

「もちろん!」

「ふん」


 どんな時も元気なイリスの声と、ツンツンしつつも優しく頼りになるモチ。

 この2人がいてくれれば俺は大丈夫だ。

 そう信じられるくらいには、2人のことを信頼している俺がいた。



             □   □   □   □



 苗木はその後もすくすく伸びて、ついには森に生えている立派な木と大差ない程に成長した。

 本当に素晴らしい結果になった。

 まさか俺とイリスのうんちでここまで成長してくれるとは……とか言ったら怒られるから言わんけども。

 さて、立派に育ったところで悪いがここらで切らないといけない。

 追肥はしてないから成長速度は止まっている。

 やはり肥料の有無でどちら準拠でいくか決まるようだ。


「……」

「いや、ここは俺にやらせてくれ。自分で育てた最初の木だから」


 爪に次元属性の魔力を貯めるモチを制止し、俺は担いでいた斧を構えた。

 狙いを定めて振り下ろす。


 コォォン――


 澄んだ綺麗な音が森の中へ響いた。

 振り下ろした力は綺麗に木に伝わり、俺の腕が反動で痺れることもない。

 本当に綺麗な一撃だ。

 そのお蔭か、斧は幹の半ばまで食い込んでいた。

 それを引き抜き、今度は違う角度から同じ場所目掛けて打ち込む。

 そうして出来た切れ込みが木の倒れる方向を決めてくれる。

 クラフトブックを広げて置き、反対側に周って切れ込みに向かって斧を振り下ろしていく。

 若い木だからかするすると斧が入っていく。

 それ程時間が経たずに伸びた木はメキメキと音と立てて自重で切れ込みを入れた側へと倒れていった。

 ドォォンと地響きを立てて倒れた木に手を触れるとクラフトブックは俺が入れようとしたと判定し、丸太を収納してくれた。


「初めて育てた木だぞ、モチ」

「にゃあん」

「いただきます、か……そうだな、その通りだ」


 モチも良いことを言う。

 『いただきます』は何も食べ物だけに使う言葉じゃないんだと分かった。

 生きとし生けるものすべてに使うべき言葉だったんだな。

 その言葉を胸に、俺は残りの木も回収した。

 そして残った切り株の周辺にもう一度肥料を撒く。

 こうすることで再び切り株から新芽が伸び、新たな木が育つだろう。

 これは倒木更新ではなく『萌芽更新』というそうだ。

 切り株から伸びた新芽は回収して新たな苗木にするつもりなので、明日また回収しに来るとしよう。


「クラインくーん!」

「? イリス、どうした?」


 橋を渡ってこちらへイリスが走ってきた。

 何かを握ってるようだが、なんだろうか。


「これ、これ植えて!」

「あ、お前……」


 その手に握られていたのはアワの木の枝だった。


「今更、でしょ?」

「まったく……わかったよ。行こうか」

「うん!」


 ちゃっかりしてるイリスに呆れつつ、この期待と信頼に応えられるならこの力も悪くないなと思う俺だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る