第24話 突然の出会い。

 デリングさんと別れ、店を後にした俺はすぐさまモチに背中をどつかれた。


「……」

「わーかってるって! 俺ももうお腹ぺこぺこだよ!」


 飯を催促するモチの目は野性の獣の目をしていた。

 もちろん、俺だって野性の獣の目をしていた。

 しかしここは人の町。

 理性と紳士さを大事に、悠然とした態度で食事処を探すとしよう。

 できればモチのような使役獣も入れる場所だとありがたいな。


「んじゃあ、とりあえず近場から探すか」

「にゃあん」

「わひゃあ!?」


 戻ろうとモチが振り返った途端、妙な鳴き声が聞こえてきた。

 それと何かが地面に落ちる音。

 モチで隠れてよく見えないので身を乗り出して見ると、そこには黒い外套に身を包んだ女の子が転んでいるのが見えた。


「大丈夫ですか?」

「は、はい……!」


 手を差し出すと俺の手を取って立ち上がる女の子。

 剣や弓を身に着けている様子から見るに、冒険者のようだ。

 しかし何というか、装備がやけに多いな……革ベルトで締めた本までぶら下げて何用なんだろうか。


「すみません、ビックリしちゃって」

「いえいえ。怪我がなくて良かったです」

「えっと、私、冒険者のイリスエラ・リンデンバウムと申します。良かったらお名前聞いてもいいですか?」

「俺はクライン。さっき冒険者になったばかりの新人です」


 突然の自己紹介に少し驚いたが、咄嗟に対応できる程度には対人スキルがあってよかった。


「そうなんですね! 私、これでもソロ専門でやってて、結構長いんですよ、冒険者歴」

「へぇ~。じゃあ色々教えてもらうこともあるかもしれないですね」

「良かったらこのあとご飯でも食べながら、どうですか?」


 食事処がどこにあるか分からなかったから、渡りに船とはまさにこのことだ。

 疑おうと思えばどこまでも疑えるが、先程の冒険者ギルドの様子を見るに悪い人間はそう多くはなさそうだった。

 ここはお世話になっておくのも悪くないかもしれない。


「じゃあ、お願いしようかな……この子の荷物が多いので、できれば近場で」

「任せてください! すぐにご案内しますよ~!」


 イリスエラはそう言って張り切って先頭を歩き始めた。

 それにモチが追従していく。

 不思議な元気さがあるが、モチがついていくのなら、悪い子じゃなさそうだ。

 少し安心した俺は小走りで後を追うのだった。




 イリスエラが案内してくれたお店は使役獣入店可能という素晴らしいお店だった。

 床に置かれた足の短いテーブルにはドンと牛のもも肉が置かれ、モチは嬉しそうにそれを食べていた。

 俺はというと久しぶりの食事で感動して泣いていた。


「美味しすぎる……味がするよ……」

「ど、どんな生活してきたんですか……?」

「聞いてくれるか……?」


 スープ一口で涙を流す俺の話をイリスエラは相槌を打ちながら聞いてくれた。

 両親が戦争で死んでしまったこと。

 孤児院に行ったこと。

 侯爵家に引き取られたこと。

 それからの日々のこと。

 そして、捨てられたこと。


「でも、モチが俺をどん底から救ってくれたんだ……生きる為だけに生きてた俺を、助けてくれたんだ」


 あの頃は生きることに必死だったから分からなかった。

 でも限界だったんだと、今なら分かる。

 あの時モチに出会わなかったら、俺はきっとある日突然、衝動的に命を絶っていただろう。


「……っと、悪いな。俺ばっかり一方的に喋って」

「うぇぇぇぇん……辛かったんでずねぇ……っ」

「……」


 俺が言えたことじゃないが、引くくらい泣いていた。

 びちゃびちゃというよりはどろどろだ。

 涙とか鼻水とか涎とか、顔から出る大体の体液を拭ったイリスエラは両手をぎゅっと握って拳を作り、身を乗り出した。


「クラインくん!」

「お、おう……」

「私で良かったら何でも力になってあげるからね! 何でも言ってね!」

「それはありがたいけど、うーん……」


 急な距離の詰め方と内容に戸惑っていると自然と目線はモチへと向かう。

 すると今は下ろしているモチの荷物が目に入った。

 鉄鉱石は売れた。残るは魔宝石だけだ。

 この魔宝石の卸し先の目途がまったく立っていなかった。


「そうだ、イリスエラ」

「イリスでいいよ!」

「……イリスに聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「何でも聞いてよ!」

「魔宝石を買い取ってくれるお店に心当たりはある?」


 モチの荷物の結び目を少しだけ解いて中身を見せる。

 ジッとそれを見たイリスはうん、と頷いてから力強い笑みを浮かべた。


「うちの商店が買い取れるよ!」



             □   □   □   □



 イリスは商家の生まれでありながら冒険者業を営んでいる変わった子だった。

 なんでも実家は雑貨屋をしていたのだが、もっと商売の手を広げる為にとイリスがモンスターの素材を集め始めたのだとか。

 それがきっかけで大きな家になったらしい。

 見掛けによらずイリスは凄い子なのかも……?


「クラインくんの魔宝石も買い取れるし、うちもそれを販売できるからお互い助かるね」

「そうだな。しっかり利益出してくれよ?」

「もっちろん!」


 食事処を出てまっすぐに向かったのはイリスの家だ。

 聞いていた話の通り、大きな家だ。

 と言っても冒険者ギルドよりかは小さめだが。

 それでも他の一般家庭なんかよりも立派だ。庭もあるし。


「さ、入って!」

「お邪魔します」


 門を抜けて庭を抜け、家の前までやってきた。

 俺としては駆け引きとかなく、買い取ってくれるならそのまま売るつもりだが……さて、どうなることやら。

 少しワクワクした気持ちを抑え、俺は家の中へと入った。

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