第51話 2度目の町。

 よく晴れた朝だ。

 少し冷たい空気なのは川が近いからで、森を出ればポカポカした陽気なのは疑いようがなかった。


 身支度をしながら今日の予定を組み立てる。

 まず朝の早い時間にモチと共にアンスバッハへ到着する。

 モチはもう噂になっているだろうから心配ないだろう。

 門番のダインに冒険者証を見せて町に入ったらまずパン屋だ。

 朝ということは焼きたてのパンが手に入るはずだ。

 そのタイミングでまずは顔見せしてお礼を伝える。

 できればその時に失敗した話でもできたらいいな……印象付けができればその後の交渉もしやすい。

 ちょっと打算的ではあるけれど、こっちも必死なのだ。

 で、それが終わったら買い物だ。


 油! 油が欲しい!


 でも高いんやろなぁ……いや、生活に必要なものだし恐ろしく高いなんてことはないだろう。

 ただ品質に関しては難しいだろうな。

 こればっかりは良いものは高いし、悪いものは安い。

 足元を見られないように気を付けながら良いものを適正価格で購入できるといいな。

 まぁとりあえず油が最優先。

 で、準最優先候補なのが大樽だ。

 これは別に爆弾を作りたい訳ではなく、煮沸した飲み水を入れるものが欲しいだけだ。

 でないと大鍋を1つ占有してしまうので非常に具合が悪い。

 グリル台から移すのも大変なので乗せたままだし、めちゃくちゃ邪魔なのだ。

 樽に移したとしてもウィスキーじゃないんだから熟成もさせないし匂いとか成分もきっと大丈夫だろう。

 なのでいっぱい入る大き目の樽がほしいところだ。


「あとは何かあったかな……」


 特に欲しいものはないな……あれがあればよかったのに! という場面はあまりない。

 あ、いや、あれが必要だ。

 スキレットとかダッチオーブン的なゴツくて丈夫なやつ。

 せっかく石窯があるんだからそのまま突っ込んで料理できるような調理器具がほしいなぁってちょっと思ったことを思い出した。

 そう思ったきっかけは熱いパンを取る時に鍋掴みみたいなのがあればいいなと思ったことだ。

 焚火用の手袋みたいな革の良いのがあれば買いたいな。


「デリングさんの鍛冶屋で中古のやつ買い取れないかな……使い込んでるやつの方が柔らかくて良さそうなんだよなぁ」


 中古だからと言ってボロいとか汚いなんてことはない。

 大事に使った物は綺麗だし、使い込まれた味というものがある。

 何なら俺はちょっと古い物の方が好みである。


 身支度を済ませ、酵母もしっかり仕込んでおいた。

 酵母は発酵が進んで少し酸味のある匂いがしている。

 今日辺りがピークだろう。

 つまり帰ってきたらパン生地を仕込まなければならない。


「うっし、準備できた。モチー!」


 革細工作業場に引っ掛けていた【使役獣用鞍】を手に取り、モチを呼ぶと家の裏、川の方から走ってきた。

 ビチャビチャに濡れてる顔を俺の服で拭いてくるのも嫌な気がしない。

 モチは綺麗好きで賢いのだ。


「水もいっぱい飲めて偉いな~。朝ご飯は町で食べような」

「にゃあん」

「イリスはどうしてる?」


 尋ねるとモチは家の方を振り返る。

 どうやらまだイリスは寝ているらしい。

 町に行くことは昨夜のうちに伝えておいたから問題ないだろう。

 むしろ昼まで寝てだらける予定だろうな。

 休日はそう過ごすのも良い。

 俺も寝るのは大好きだ。


「ちょっと待ってな」


 モチに鞍を取り付ける。

 それから首輪と使役獣証とお金の入った革袋も。

 俺が持つよりモチが持った方が絶対に安全だからな。

 お金は前回、ハッシュさんに魔宝石をたくさん買い取ってもらったお蔭でまだまだ余裕がある。

 なので今回は何かを売るというのはないな。

 売る余剰品もないし。

 そもそも売れるような物もない。


「よし、行くか」

「にゃあん」

「安全運転で頼むぞ」

「……」

「頼むぞ!」

「ふん」


 絶対に言うことを聞かせたい俺VS絶対に言うことを聞きたくないモチ。

 軍配はもちろん、モチに上がりました。



             □   □   □   □



 時間にして15分も掛からないうちにアンスバッハ前まで到着した。

 徒歩なら大体、休憩込みで5時間くらいは掛かる距離なので、どれだけ俺が怖かったか伝わると思う。


「や……やぁダイン……」

「お、おぅ……大丈夫?」

「大丈夫大丈夫! ……ちょっと吐きそうなだけ」

「それは大丈夫って言わないんだが」


 心配してくれるダイン。

 その気持ちはとても嬉しいが、後ろに並んでる人達がいるので早く入れてほしい。

 断じて吐ける場所が欲しくて早く入れてもらいたいわけではないです。

 俺の冒険者証とモチの使役獣証を確認したダインは道を開けてくれた。


「ちょっと風に当たって休めよ?」

「あぁ、もちろんだとも。最優先だよ」

「じゃあな」


 手を上げるダインに手を上げて返し、モチと一緒にアンスバッハへと入った。


 活気のある朝のアンスバッハのメインストリートを行き交うのは主に冒険者だ。

 掲示板に張り出されたクエストを受注してこれから町の外へと行くのだろう。

 それか、町の中の目的地に行くのか。

 俺は冒険者だけどそういうのには興味がない。

 やれば金になるとは思うが、働くのは主にモチな気がして気が引けるというのが本音である。

 まぁ俺だって戦えはするけどね!

 でもモチのことだから俺をかばって働こうとするだろうし……やっぱり冒険者稼業はいいかなってのが今の気持ちだ。


「さて、まずはパン屋さん行こうか!」

「にゃあん」


 風に当たりながらゆっくりと歩いていると気分もだいぶ回復してきたので、俺たちは予定通り、朝食を食べる為にパン屋さんへと向かうことにした。

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