第11話 辛かったんだ。本当に。

 コツコツと枝や小石、葉っぱを拾いながら森を散策していると、ふと視線を感じた。

 俺は手にしていたナイフを、改めてギュッと握り直す。

 妙な感覚だった。見られているのに、距離を詰めてこられない感覚は。


「ふー……」


 細く長く、息を吐き出して集中する。

 感じた視線を、気配を探る為に。

 こういうのは武で成り上がったエオニス家の得意技だった。

 曲がりなりにも嫡男となる為の訓練を受けた俺は、少しだがその感覚を掴めるようになっている。


「!」


 視線の位置を突き止めた! 後ろだ!

 バッと振り返ると、そこは通ってきた道だ。

 小枝一つ落ちていない、道とも言えない森。

 その奥にある茂みから誰かが覗いていた。


「誰だ! そこにいるのは分かってるぞ!」


 俺の声に対して返事はない。

 しかし確実に何者かがそこにいた。

 いつ戦闘になってもいいように、腰を低く、しっかりとナイフを構えた。


 果たして、その茂みから顔を出したのは白猫竜だった。


「お前……!」


 思わずお前なんて言っちゃったけど相手の方が圧倒的に強い。

 お前様と呼ぶべきだった。

 一緒に雨宿りをしただけの奇妙な関係だったが、敵とは思えなかった。

 いや、思いたくなかった俺はすぐにナイフを仕舞った。

 茂みの根元から顔だけを出していた白猫竜は窮屈そうに顔を引っ込めた後、ふわりと茂みを軽々と飛び越えてこちら側へとやってきた。

 しかし改めて見ても神々しいというか、なんというか……。

 白い長毛は一切の穢れもなくふわふわで、思わず撫でたい気持ちになる。怖くて無理だが。

 でも本当に神様の使いみたいな、そんな厳かな雰囲気が感じられた。


「帰ったんじゃなかったのか……それともこの辺りが住処? いや、こんな浅い場所に……ん?」


 こんな場所にいること自体が不思議な白猫竜に対して、ついついエタデ脳を発揮していると白猫竜がふと俺に近付いてきた。

 襲うチャンスなら今までたくさんあった。今更襲うことはないだろうと首を傾げていると、鼻先で胸をドンと押された。

 多分、何か言いたいことがあって小突いた程度なのだろうが、体躯の大きさが大きさだから一撃が重い。

 白猫竜はふい、と川の方向へと歩き出した。

 挨拶だったのかなと見送ろうとすると歩くのをやめ、俺に振り返った。


「……何かあるのかな」


 白猫竜に向かって歩き出すと、白猫竜も前を向いて歩き出す。

 なんだか本当に野良猫みたいなやつだ。性質は竜だが本質は猫なのかもしれない。

 白猫竜の機嫌を損ねない為にも、という建前と好奇心という本音を胸に秘め、俺は白猫竜の後を追いかけた。

 方角的には、やはり川に向かっていた。

 地理的な話をすると、山を中心に東側に川が流れている。

 その川は北から南へと流れているのだが、この川は大きくカーブを描いていた。

 形としては北東から南東へと向かいつつ、山を経由して曲がっている形だ。

 つまり山が川との接点になるってことだな。

 だから山から離れると川は遠くなるので少し迷いやすい。

 結局流れに対して自分の位置から山方面に向かえば着くんだけどね。


 なんて頭の中で現在地を把握していると、白猫竜が立ち止まった。

 すぐ目の前には川が流れている。

 白猫竜はその中を覗き込んでいた。


「何かあるのか?」


 恐る恐る隣に並んで川の中を覗き込む。

 するとその透明度の高い川の中に大きな石が転がっているのが見えた。

 それは俺なら一発で分かる、レアアイテムだった。


「なんでこんなところに『アクアサファイア』が!?」


 それは特殊な宝石だった。

 川に流され、削れて丸くなった石の一部分が欠けて、石の内部が見えている。

 青というよりは藍。

 さわやかさのあるブルーよりはシアンと言える程の深い青色の宝石が、川の中で見え隠れしている。

 地面に膝をついて、そっと手を伸ばし、川から拾い上げる。

 水に濡れた宝石というのはこうも美しいのかと、見惚れてしまうくらいに素晴らしい結晶群だった。

 光に透けて見える宝石の色は、白猫竜の目の色と同じ綺麗な青だ。


「これを取ってほしかったのか……」


 アクアサファイアは水属性の魔法の力を蓄えたサファイアが変化した宝石だ。

 いうなれば魔宝石といったところか。

 これは魔法を使えるものなら水属性の力を引き出し、自身に移すことができる。

 白猫竜が水属性の生き物とは思わなかったが、これがあれば強くなるのは確かだった。


「手じゃないと大変だもんな。ほら」


 前脚じゃなかなか上手く取れないので、俺というちょうどいい無害な人間がいるのを思い出して探していた……そんなところだろう。

 俺は拾い上げたアクアサファイアを白猫竜に差し出す。

 持って帰るのは大変だからその場で力を吸収するのだろう。

 ……と思ったのだが、白猫竜は鼻でアクアサファイアを押し返してきた。


「えっ? 俺に?」


 尋ねると、白猫竜はフン、と鼻息を鳴らしながら頷いた。

 ビックリした。モンスターに話しかける俺も俺だが、人間の言葉を理解できる白猫竜にビックリした。

 そしてこの貴重な宝石を俺にくれるということにも。


「なんで急に……あっ、この間の焚火の?」


 再び尋ねると、再び頷く白猫竜。

 もう完全に人間の言葉を理解していると言っていいだろう。

 俺は白猫竜からのプレゼントを大事に抱えた。


「ありがとう……嬉しいよ。こんなに優しくしてもらったのは久しぶりだから」


 親父殿を始め、あの家の人間はずっと俺に厳しかった。

 勿論、エリカを除いてだが。

 エリカはずっと優しくしてくれた。

 それでもあの家の人間はずっときつくて、俺はそれが辛かったんだ。

 だから、優しさというものに対してとても飢えていた。

 エリカはずっと優しくしてくれた。

 それでも夜になったら家に帰っちゃうから淋しかった。

 1人の夜がとても寂しくて、辛くて、それはここに来てからも変わらなくて……。


「本当にありがとう。本当に嬉しいんだ」


 思わず俺はアクアサファイアを膝の上に置いて両手を白猫竜に伸ばした。

 その大きな頭に腕を回し、胸に抱きかかえるように抱き締めた。

 もう、この子が俺を襲うなんて思っちゃいなかった。

 俺は涙を流しながら、ぎゅっと白猫竜を抱き締めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る