第32話 人が増えるということ。

「家族となったならば、隠し事はなしだな」


 そう言ってケイが語ってくれたのは、これまで俺をずっと監視していたということだった。

 あの時も『知っている』と言っていたが、実際には知り尽くしていた。

 俺が森に来た日からずっと、彼らは交代で俺を見張っていたのだ。

 エタデのイベントだったとギリギリになって思い出せた俺からすれば寝耳に水ではないが、似たようなものだ。

 だってそのギリギリになるまで気付きもしなかったのだから。


「クラインが猫竜様に対して愛情をもって接しているから、敵ではないことは理解していたんだ。けどまぁ、俺も頭になったばかりでな……周りの目もあったし、試すようなことをしてしまった。本当に悪かったよ」


 聞けば先代の頭であるケイの父が、俺が森に来る少し前に引退したらしい。

 これからだって時に厄介の種を持ち込んだ俺に相当やきもきしただろうなと心中お察しした。


「お前と猫竜様が森から出て行ってしまって、森の際で帰りを待っている間に監視の目を逃れた拠点をゴブリンに荒らさせてしまったのは頭として不甲斐なさを感じてしまうよ」

「いや、こればっかりは仕方ないよ。モチがいてくれたから今までモンスターの襲撃を抑制していたんだ。奴等にとってはまたとないチャンスだったろうさ」


 幸いにも襲撃された分の修復はすでに完了している。

 なので心配することは何もないと彼に伝えると、彼は困ったような顔をしていたが、最後には笑ってくれた。


「お前の能力なら何の心配もなかったな」

「まぁね。ただ……あんまり広めないでもらえると助かる」

「人の力を喧伝して周るようなことは絶対にしないよ。約束する」

「ありがとう」


 拠点は元通り。

 脅威も排除した。

 おまけに家族と呼べる味方もできた。

 被害を受けて腹が立ったり悲しいこともあったが、結果的には良かったと思えた。


「もう監視はしない。何かあったら猫竜様と共にこの辺りまで来てくれ。ギリギリ感知できるから」

「わかった。ケイの方こそ、何かあったら俺を頼ってくれ。できることならするよ」

「あぁ、その時は頼む! その代わりお前も何かあったらすぐ頼れ。できることなら何でも手伝うからな!」


 もう一度差し出された手を握る。

 俺とケイの間には強い絆が芽生えていた。

 同じ猫竜を家族として受け入れた者同士の強い絆だった。



             □   □   □   □



 ケイ達と別れて拠点へと戻ってきた。

 何となく、動く気になれなくて革細工用作業台の前に座った。

 ふわりと吹き抜ける風が頬を撫でる。

 建て直した東屋で日陰になっているから過ごしやすい。

 それにここからなら家の方がよく見えた。

 こうして離れて見るとまた違った景色に見えて良い。


「しかしまさか人が増えるとは思わなかったなぁ」


 家の前ではモチとイリスが戯れているのが見える。

 イリス本人は『心配だからしばらくいる』とは言っていたが……。

 まぁ確かに、こんな森に1人で住んでる人間がいて、それに至るまでの境遇を聞けば俺でも心配するだろう。

 しかしついては行かないかな……となると相当の『お人好し』ってことだ。

 それに対する不快感はない。

 だってこれまでが最悪続きだったし、俺だって多少は人との触れ合いを求めたかった。

 まぁ、モチがいてくれる時点でそれはある程度満たせてはいるんだが。


「これからどうするか……」


 やるべきことは多い。

 まずは倉庫を用意しなければならない。

 というか、物置か。

 家に収納と呼べる空間がないので、購入品やすぐには使わない物を置く場所を用意する必要がある。

 その為にはまた丸太を集めなきゃいけないな。

 襲撃の所為で大量消費してしまったし。

 ていうか先に用意しとけよという話だ。

 俺ってばそういうところに考えが至らないなぁ……反省だ。


「となるとどこを伐採するべきか……」


 以前、モチが切り開いてくれた場所は切り株も引っこ抜いて開拓されている。

 広さも十分あるし、あそこは近い将来、畑を耕すつもりだ。

 クラフトブックの力があれば俺の周辺はエタデの世界になる。

 ということは種まきから収穫までの時間も短縮されるはずだ。

 なので肥料を与えればもっと簡単に育てられると思う。

 出来上がったものも、俺たちで消費するか、ケイ達にも提供するか、或いは売ってしまうか。

 その辺も自由に考えられる。


 しかし何よりもまず先に考えなければならないことがある。


「俺とモチだけなら適当で済んだんだが……やっぱり年頃の女の子がいるなら必須になってくるよな……」


 俺はもう、川にざぶんで済んでいたし、モチは竜だからか滅多に汚れない。し、汚れても自然と綺麗になっていた。

 服も石鹸代わりの木の実を使って洗えば良かったし、モチは言わずもがな、綺麗だ。


「【お風呂】と【洗濯機】……いるよなぁ」


 一人暮らしには欠かせないものだった。

 もちろん、エタデにもそういうクラフトは存在する。

 クラフトじゃなくてもお店に行けば置いてあるくらいだった。

 ゲームではそういった物を利用すると清潔性が上がったという名目でステータスバフが掛かるもので、使う人は使っている、という感じだった。

 でもここまで暮らすとなると必要だ。

 俺はクラフトブックを取り出し、それらしきレシピがないか調べてみる。


「ん……あった、けど……なんだこれ」


 洗濯機のレシピが見つかった。

 しかし見た目がよく分からない。

 木の板を立てて円形に並べたような形をしていた。

 洗濯機の洗濯槽のようだな、というのが見た目のイメージだ。

 それに短めの水路と、近くに水車までが置かれていてとても大規模なものになっている。


「水車で水を汲み上げて……水路を通して上からこの木の洗濯槽に流し込む、のか?」


 洗濯機1つで水車まで使うって、どういうものなのか……。

 滝のように上から水を叩き込んで水流で洗う、のか?

 なんとも大胆な話だ。

 そしてこの洗濯機をクラフトする為には水車もクラフトしないといけない。

 何故ならばレシピ素材に水車単体で表示されているからだ。


「水車が必要だからって設置してしまうと洗濯機は作れないのか。罠じゃん」


 どちらにしても川沿いに設置することは確定だろう。

 となるとこの拠点の上流に設置するか、下流に設置するか。

 恐らく正解は下流だろう。

 川で生活している身としては服で汚れた水を使って生活はちょっと厳しい。

 もし俺が設置した洗濯機より下流に住む人が現れたら、ごめんなさいしよう。


「この水車もなんかに使えたらいいな」


 水車を利用した施設は沢山ある。

 一番最初に思いついたのは製粉施設だ。

 水車の横に歯車構造の施設を置いて石臼を取り付ければできるはずだ。

 他にも水を利用したものも何か作りたいな……あぁ、それこそ水を貯める為にも使えるな。


「やることは沢山あるが……まずは素材集めからだな。よし、そうとなれば……おーい!」


 早速俺は増えた人員の手も借りつつ、素材集めを開始することにした。

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