第31話 妖猫族と猫竜。

 アルターゴブリンの住処は、それは酷い有様だった。

 家という家が軒並み吹き飛ばされて瓦礫と化している。

 その中に青黒い肌をしたひょろ長い体のゴブリンが胸に大穴を開けて絶命していた。

 遠距離からの一撃必殺。

 この力に抗う方法がどこにあるのか。

 しかし今はそんな考えよりも、もっと大事なことがあった。


「やっぱりな……」


 遠くに獣人種たちが見える。

 それは俺が予想していた通りの種族である【妖猫族ようびょうぞく】だった。

 姿かたちは人と変わらないが、頭の上にモチのような猫の耳がついている。

 髪の色は人それぞれだったが、皆一様に赤い衣服を身にまとっていた。

 妖猫族はすでに俺の姿を捉えている。

 だからそれ以上進まずに、待つことにした。

 動くことで敵意ありと判断されたくなかったからだ。

 すると1人が弓を構える。

 そして何の躊躇もなしに矢が放たれ、俺の爪先から5cm辺りの付近に突き刺さった。


「ふぅー……」


 これは威嚇だ。

 こうなることは知っていた。

 何故ならば、エタデ内でも妖猫族との遭遇イベントがあったからだ。

 まず、矢を放つ。

 それは威嚇射撃なので当たることはない。

 ここで動揺せずに動かないことで、遭遇イベントは次のフェーズに入る。

 妖猫族は距離を詰め、俺の前に並ぶ。

 そして先頭に立っていた黒髪の男が、口を開いた。


「何者だ?」

「クラインと申します。最近森に住み始めました」

「それは知っている」


 そう、知られているのだ。

 俺が森に来た時点で妖猫族はそれを既に察知している。

 今日に至るまで、俺は妖猫族に監視されていたのだ。

 だが、それに気付いたのは……いや、思い出したのはつい数分前だ。

 やっぱり、俺の記憶は何かに基づいて解放されているような気がしてならない。

 でも思い出せたのはシンプルにアド・・だった。

 次に来る質問は『貴様は敵か?』だ。

 これに対し、敵ではないと言って、親愛の証に食料を提供することで最低限の交友関係が生まれる。


「何故猫竜様と共にいる?」

「ん?」

「我らが神と共にする理由はなんだ!?」


 思ってたんと違う!

 そうか、モチがいることでゲーム内のルートとは別の、それこそ本当に現実のやり取りになってるんだ。

 これはまずい。

 返答を間違えれはガチで死ぬ可能性が浮上してきた。


「えっと……猫竜……様とは森の中で出会いました。大雨の日に、共に雨宿りをして以来、絆のような……それこそ、俺が生まれる前からあったかのような絆で結ばれて、共に暮らしています。今ではかけがえのない家族です」

「……」


 俺の返答に男は黙った。

 彼らが神と崇めるモチを家族と言ったのはまずかったか。

 でも、それ以外に表現のしようがなかった。

 だってモチは、俺の家族なんだから。


「貴様は、我らが神を家族などと冒涜するか……!」


 しかし、やっぱり妖猫族はお気に召さなかったらしい。

 腰に下げていた剣の柄に手を伸ばす。


「猫竜様は……いや、モチは俺の家族だ! 家族に手を出そうってんなら、容赦しないぞ!」


 しかし抗う術はない。


「もういい、貴様が垂れ流す言葉、その全てが不愉快だ! 死ぬがいい!」


 剣は抜かれる。

 振り上げた刃に日の光が反射してキラリと光る。

 反射的に俺は頭を抱えて地面に伏せた。


 だが、剣が振り下ろされることはなかった。


 ギュッと閉じていた目を開き、恐る恐る目を開く。

 視界いっぱいの草。

 そこからそっと視線を上げていくと、今の俺と同じように……いや、俺よりも低く低く、地に伏している妖猫族の姿が見えた。

 どういうことだろう。と、抱いた疑問はすぐに払拭された。

 優しく吹いた追い風が、嗅ぎ慣れた家族の匂いを届けてくれた。


「モチ……」

「にゃあん」


 いつの間にか、俺の背後にモチが鎮座していたのだ。

 まるで本当に神様のように。

 いや、今この場ではモチは神様だった。

 妖猫族が信仰する神様。

 そして俺の命を救ってくれた神様だった。


「にゃあん」


 いつもより多めに鳴くモチ。

 その鳴き声は俺ではなく、妖猫族へ向けた声だった。

 俺に剣を振り上げ、今は頭を下げている男がぴくりと耳を動かし、そっと顔を上げた。

 視線は俺の後ろに座るモチに向けられ、信じられないという顔をしていた。

 しばらくして驚愕の視線は瞬きの内に消え、次に俺に視線が向く。

 その目には先程までの怒りはなかった。


「猫竜様が、お前を大事な家族と呼ばれていた。我らがお前に対して剣を向けることは、もうないだろう」

「そうですか……ありがとう、でいいのかな」

「分からぬ。だが、これだけははっきりと言える。……すまなかった」


 立ち上がった男は頭を下げた。

 それに対し、俺がとった行動は、俺も頭を下げるというものだった。


「いや、俺の方こそごめんなさい。あなたたちが信奉する神様を蔑ろにするつもりは一切なかった。誤解させてしまって申し訳なかった」

「いやいや、俺たちの視野が狭かっただけだ。お前は悪くない」


 俺はモチを家族として誇りに思っている。

 けれど、妖猫族だってモチを神様として信奉し、心の支えにしていたのだ。

 どっちが悪い訳でもなく、しかしどちらも悪かった。


「いやいやいや」

「いやいやいやいや」

「にゃあん」


 そんなやり取りはモチの一言で終わらされた。

 要約すると『もうええて』だった。


「……くっ、くく……」


 俺たちの互いの思いを、そんな雑な言葉で締め括られ、何となく吹き出してしまった。


「……ぶはっ」


 それは妖猫族も一緒だったようで、堪えたような笑いはやがて大合唱のような爆笑へと変わっていった。

 ひとしきり笑い、自然と出てくる涙を拭いていると男が右手を差し出してきた。


「俺は妖猫族の頭、ケイだ」

「俺はクライン。あなた方の神様と断りなく仲良くなって悪かったな」

「いや、いい。我ら妖猫族にとって猫竜様は神様である前に幼馴染なんだ」


 聞けば、妖猫族は初めて遊ぶ相手は猫竜なのだとか。

 最初の友達と言えばいいのだろうか。

 モチは無愛想に見えるがとても思いやりがあって優しい子だ。

 仲間外れができないように、遊んであげていたのかな……なんてことを考えていた。

 神様であって、幼馴染で、家族で。

 なんだよ、俺より家族してるじゃないか。


「クライン、君が猫竜様の家族というのであれば、我々にとっても君は家族だ」

「そんな、いいのか? 種族も違うし、いきなりすぎて……」

「何を言う。我ら妖猫族だって猫竜族とは種族が違うぞ?」


 言われてみればそうだ。

 でも猫だし……俺は人だし……なんて言葉は飲み込んだ。

 妖猫族の皆はもう決定事項のような、優しい目で俺を見ていた。

 なんだよ、モチを家族にしてるから家族ルートに入ってしまったじゃないか。

 そんなの聞いてない。

 聞いてなかったから……嬉しかった。


「ありがとう、ケイ。これからよろしくな。……家族として」

「あぁ!」


 出会いはいつも突然とはよく言うが、こうも突然が続くとまったく、感情が豊かになっちまうぜ。


 しばらくして俺が心配になったのか、イリスが恐る恐るやってきた。

 1人にされたのが不安だったのか、半泣きでやってきた彼女は俺が殺されるとでも思ったのか、剣を手にしていたものだからケイ達が勘違いして大変だった。

 なんとか誤解を解いた後は、イリスも家族として迎え入れられていた。

 妖猫族は思っていたよりも友好的な種族なのかもしれない。


 紆余曲折はあったが、こうして新たな仲間……家族と、脅威の排除は成功した。

 一旦は、安堵していい場面になったかな?

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