第28話 森へ戻る。

 ヘレンミラー街道を俺とモチ、そしてイリスの3人で並んで歩く。

 日はもう沈みかけで、本来なら外に出してもらうなんてできない時間帯だ。

 でもここには冒険者が2人。

 身の安全と引き換えに出ることが叶うわけだ。

 しばらく歩いているとだんだんと人気が少なくなってくる。

 この辺りで荷物をクラフトブックに仕舞ってしまおうと思って、ふと考えた。


 俺が買った物って、クラフトブックに入れたらどうなるんだ?


 これまで誰かに貰ってクラフトブックに入れたのは餞別のナイフだけだ。

 当時はクラフトレベルが4未満だったから、強制的に分解されてしまった。

 そしてクラフトレベルが低い間は自作品も仕舞えない。

 レベルが上がって、自分で作った物を仕舞えるようになったが、特に変化はなかった。

 強制分解もされないし、耐久値も振られたまま。

 だが、今このタイミングで購買品をクラフトブックに入れるとどうなるんだろう。

 分解はされないはずだ。

 耐久値は……どうなるんだろう?

 エタデではどうだっけ……うーん……頭の中に靄が掛かったように曖昧で、思い出せない……。


「どうしたの?」

「いや、ちょっとな……大丈夫、先を急ごう」

「無理しないでね?」

「うん、ありがとう」


 試すのはやめておこう。

 今やるのは危なそうだ。

 顔を上げた俺は走りたそうなモチの背を撫でて落ち着かせながら、街道を進んだ。




 日がすっかり暮れて、やっとスケアグロウ大森林に向かう地点までやってきた。

 この何もない場所からもっと何もない方向へ行く。

 人の手の入っている場所から、未開の森へ行く為の最終地点だ。


「ここから先は快適な生活とは程遠いぞ。本当に来るんだな?」

「行くよ。しばらくは一緒にいる。心配だからね」

「……わかった。ありがとう、イリス」


 不思議と出会った時から嫌悪感を感じない存在だった。

 それは俺だけじゃなく、モチもそうだったと思う。

 気を許して勢いのままにあんな話までしてしまったが、イリスは俺の話を最後まで聞いてくれた。


 世の中には色んな人間がいる。

 俺を生んでくれた母さんや、助けてくれた父さん。

 一緒に遊んでくれた友達や、村の大人たち。

 戦争の火に焼かれ、命からがら逃げ込んだ俺を受け入れてくれた孤児院の先生。

 そんな俺を、どういう理由があったか分からないが引き取った親父殿。

 周りが全員敵になって、絶望の最中にいた俺に優しくしてくれたエリカ。

 嫡男が生まれ、価値がなくなって森に捨てられた俺に寄り添ってくれたモチ。


 短い人生だが俺に優しくしてくれる人は確かにいた。

 そしてそれは、イリスもそうだった。

 俺だってそこまで底抜けに馬鹿じゃない。

 人の善悪くらいは何となく分かる

 イリスは、間違いなく善人だった。

 イリスは、絶対に信頼できる人間だ。


 そう感じたから、俺はクラフトブックを取り出した。


「えっ!? どこから出したの!?」

「どこかと言われると、どこだろう……手ではあるけど。いやそうじゃなくて、これから大事な話するから」

「うわぁ……手から本……あっ、はい。どうぞ!」

「……」


 重大な秘密を話そうっていうのに、なんとも締まらない……。

 咳払い1つ、俺は自分のスキルの話をイリスにした。

 実際にクラフトブックから石を取り出してみたり、今は特に使わないがシャベルをクラフトしてみせた。


「凄いねぇ! 何でも作れるの?」

「何でもは作れないよ。それに耐久値っていう、なんて言えばいいかな……使ってると必ず壊れるんだよ」

「それは何でもそうなんじゃないの?」

「そうなんだけど、絶対に壊れるんだ。それも既製品よりも早くね」

「年季が入った道具にはなれないのかぁ」


 そう。使えば味が出てくるということがない。

 俺はそういった長年使った物というのが好きなのだが、クラフトブックではそれが味わえないのだ。

 だが今日買った荷車や、食器、調理器具はそんなことはない。

 これはクラフトブックでは味わえない物の良さを感じることができるのだ。


「それにしても素材をストックできるのは便利だね。……でも危ないね」

「そう、だから街中では使えなかったんだ」


 拉致られて隷属させられて荷物持ち奴隷に……なんてのは想像に難くない。


「でも今なら……?」

「正直、やりたいところなんだが……」


 ここで先程考えていたことをイリスに打ち明けた。

 購買品をクラフトブックに入れたところでどういう結果になるのか……それはやってみないと分からない。

 だが、やって駄目だった場合、取り返しがつかない。


「確かに怖いね。今度また町に行った時に何か適当に買って試してみよっか」

「そうだな。それがいい」


 ちゃっかりもう住み着くことが決定しているような言い方に引っ掛かったが、それだけ意志が固いのだと思うことにした。

 さて、俺の秘密は打ち明けた。

 イリスの様子は特に変化がない。

 むしろ話してくれたことが嬉しそうな顔をしていた。

 そのことに俺が安心したか、彼女には分からないだろう。

 いや、分かってほしくない。

 絶対に揶揄われるから。


「じゃあそろそろ行こう。ちょっと遅くなったな……何事もないといいんだけど」

「うん! モチちゃん、もうちょっとだよ~」

「にゃあん」

「あはー! 不愛想で可愛いねぇ!」


 誉めてんのか貶してんのか、どっちなんだ。



             □   □   □   □



 無事に山まで戻ってきた。

 が、無事なのは俺たちだけだった。

 何事もなければいいがと思っていたのは、甘かった。


「なんだこれ……!」


 家はボロボロだった。

 すぐに使おうと立て掛けてあったピッケルやシャベルもなくなっている。

 作業台は……壊れてはいないがひっくり返っている。

 作ったばかりの東屋も倒壊していた。


「こんな場所に住んでるの……?」

「そんな訳あるか!」

「っ!」

「わ、悪い……大きな声出してごめん」


 自分でもそんなに声を荒げるとは思っていなかった。

 それほど、この現状が受け入れられず、焦っていた。


「大丈夫だよ、私の方こそごめん。……でも、だったらこれって、どういうこと?」

「……多分モンスターの仕業だと思う」


 モチという圧倒的強者が持つオーラがモンスターを近寄らせなかったのだ。

 俺はモチに出会ってから一度もモンスターに出会っていなかった。

 それは日数を重ねるごとに日常になっていって、いつしか当たり前になっていて……。

 でもそれはおかしな話だった。

 この森に住んでるのは俺だけじゃない。

 モンスターだって住んでいて当然だった。


「モチが離れたことで逃げていたモンスターが戻ってきたんだ」

「逃げさせられた腹いせってこと? 酷い……」

「……でも、まだ何とかなる」


 家に近寄り、耐久値を見る。

 10000もあった耐久値は1000台まで削られていた。

 そらボロボロにもなるわな……

 でも、まだ作業台が生きている。

 素材のストックもある。

 ならば【補修】が可能だ。


 まずはひっくり返っている作業台を元に戻す。

 見た目はボロボロ。作成時に使ったハサミなんかもなくなっている。

 でも作業台としての機能は生きていた。

 それが今はありがたかった。


「えっと……うわ、1000ポイント回復に丸太1本使うのか……しゃーないな……」


 素材を消費して耐久値を回復させる……これがクラフトブックの機能の1つである【補修】である。

 今回は家の削れた耐久値を丸太を生贄にして補修させた。

 作業台の傍でクラフトブックを操作し、家を選んで補修を開始する。

 するとストックから丸太が9本失われ、ボロボロだった家が一瞬、光に包まれる。

 その光の中で家は逆再生のように元の姿へと戻っていった。


「うわぁ……凄い……!」

「これもクラフトブックの力の1つだよ」


 耐久値が減ったクラフト品は補修で回復することができる。

 だが補修されたものは傷の一切がなくなり、新品同様になる。

 それが物の味を感じさせない為、俺はそれが少し好きになれなかったが……今はそんなことを思っている場合ではないな。


 無事に補修された家を見てホッと胸を撫で下ろす。

 だがまだ油断はできない。

 俺は素早くやるべきことを整理するのだった。

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