第44話 失敗か成功か。

 さて、まだまだパン作りは長い。

 パンを石窯に入れるアレは完成したが、入れる為のパン生地がまだ完成しない。

 現在は発酵してくれますようにと祈りながら調理台の上でボウルをかぶって寝かされている。

 俺はというと大鍋で水の煮沸をしながら台所の整理をしていた。

 クラフトブックで制作した棚をグリル台の隣……といっても火の粉で耐久値が削れないように離してだが、設置した。

 4段ある棚で、一番下の段だけは2段分のスペースがある。

 大きくて重たい物は下に置けるようになっている良い棚だ。

 そこへアンスバッハで購入した調理グッズを並べていた。


「大鍋は2つあるから一番下に並べられるだろ……その上にサイズ違いの手鍋とフライパンがそれぞれ3つずつ。その上にヘラとか包丁だな……っと、夢中になってた。酵母作らなきゃ!」


 人間って何で片付けとか始めると夢中になっちゃうんだろうな……死ぬまでには解明したい。

 そんなことはどうでもよくて、俺が今しなきゃいけないのは今日の失敗を教訓として(まだ失敗してない)、酵母を作ることだ。

 俺は今片付けたばかりの大鍋を煮沸している飲み水の隣に置き、水を入れて火にかける。

 沸騰してきたらヘラと壺を中へと沈めた。

 煮沸消毒だ。

 それが終わったら冷めるのを待ってから、コップいっぱいに全粒粉を入れて壺に移す。

 それから煮沸し終わって冷め始めた大鍋から、こちらもコップいっぱいに水を汲んだ。

 もう少し冷めるのを待ち、常温くらいになったところで壺の中へと入れた。


「あとは煮沸したヘラで混ぜて水気がなくなれば……今日は終わり!」


 これだけである。

 あとは室温で管理して毎日1回、今日と同じ時間くらいに今日入れた分と同じ量を足していけばいいだけだ。


「これで出来るとか嘘みたいだよなぁ」


 出来るから教えてくれたのは分かってるが、どういうものか予想できなくて実感がない。

 実際にやって、これで成功したらこの間買った量の倍の金額はお買い物したいな。

 適当な鼻歌を歌いながら家の中に壺を入れて、台所に戻ってくるとモチとイリスが興味津々に棚を眺めていた。


「一気に台所感出てきたね」

「あ、おかえり」


 パンを捏ねて疲れたーとモチと一緒に狩りに行った(?)イリスが帰ってきた。

 今日はウサギが2匹。

 時間も時間だし控えめな結果となっている。


「パンと一緒に食べられるかなーって」

「それいいね。捌いとくか」


 調理台が広いとパンを作りながらウサギも捌けて大変よろしい。

 イリスから受け取ったウサギを部位ごとに切り分けて、グリル台の上に置く。

 下に少しだけ炭を置いて弱火で焼いていく。


「パンの方はどうなってるの?」

「そろそろ良い感じじゃないかな。見てみるか」


 あれこれしてて1時間くらい時間は経った気がするのでボウルと布を取って見てみる。

 が、思ったよりも膨らんでないような気がする。

 というか、べちゃっとしてる。


「美味しくなさそう」

「言うな言うな。焼けば食える!」

「まぁ食べますけども」


 調理台に打ち粉をしてボウルをひっくり返す。

 するとネチャァ……と生地がゆっくりと落ちてきた。

 どうもこう、食欲をそそる動きをしてくれない。

 失敗してもいいとは思っていたが、失敗したい訳ではないんですけど。

 気を取り直して生地を持ち上げてみる。

 伸びはする。

 でもどうも水っぽい。

 表面も何となくびちゃ感が強い。


「入れる水が多かったのかな?」

「多分……」

「今から粉足す?」

「それはやめよう。勿体ない」


 目に見えて失敗している物に追加はもったいなすぎる。

 戦場でも負け戦なのにちょっとずつ兵を送るのは愚策とされている。

 かといって大量に投入しても負けが見えてるのだ。

 逆転の可能性があったとしても望みは薄いだろう。

 パンも同じで、失敗が目に見えているのに粉を足すのは勿体ない。

 パンと戦は同じである。


「石窯は時間かけて熱したから十分だとは思う」


 鉄扉を開けて火掻き棒で折れ曲がり煙突を取る。

 火はもう吹き上がっていないのは薪を足さなかったからだ。

 十分に熱があるのは熱気で分かる。

 俺は丸蓋を火掻き棒の先に引っ掛け、滑らせて穴を閉じた。


「なんか、灰だらけだね」

「どうしよっか」


 窯の中は白い灰で汚れている。

 火が吹き上がっているのだから灰が舞うのも当然だった。

 これの上にパンを置くのはちょっと気が憚られる。

 回収したいところだが場所が悪すぎる。

 ので、仕方なく拭くことにした。

 水に濡らしてきつく絞った布を火掻き棒の先に結び付けて窯の中へ突っ込む。

 シュゥゥという残った水分が蒸発する音を聞きながら何度か擦ってから火掻き棒を引くと、汚れた布が出てきた。


「これでいいだろう」

「よーし、ついにアレの出番だね!」


 調理台に立て掛けていたアレを手に取るイリス。

 長すぎて持ち手の先が石窯の向こうに隠れてしまっているそれを、ぶつからないように回して平べったい方を窯の方へ向けた。

 パンを乗せる部分に打ち粉をし、生地を乗せる。

 てろーんと広がる緩い生地だが板からはみ出ることはなさそうだ。

 更に生地にも粉を振るい、いよいよ窯の中へ投入する。


「シュッて引くんだぞ、シュッて!」

「わかってるよぉ!」


 舌で唇を湿らせたイリスが真剣な目つきで窯の中にアレを差し込み、素早く引き抜く。

 出てきた板に生地は残っていない。

 中を覗くと幸いにも転がらず、引っ掛からず、綺麗に置けたようだ。


「成功だな!」

「ふぅー……緊張したよ!」


 この瞬間だけは成功と言っても過言ではなかった。

 出来上がりがどうなるかは分からないが……。

 とりあえず鉄扉を締めて20分ほど待つことに。

 グリル台の上のウサギを裏返すと、表面がパリッと焦げていて素晴らしい焼き加減だ。

 この調子で裏側も焼いていく。


 それ以外にすることがなくてボーっとしていたらあっという間に時間が経過した。

 熱々の鉄扉を火掻き棒の先で開けると、窯の奥のパンが焼けているのがうっすらと見える。


「焼けてる! 焼けてるよ!」

「だ、出してみようぜ!」


 アレを手に取り、奥まで突っ込む。

 壁に当てないように気を付けながら素早くアレを差し込み、焼けたであろうパンを乗せる。

 落とさないようにゆっくりと取り出し、鉄扉の前のスペースと調理台を橋渡しするようにアレを置いた。


「おぉ~……」

「まぁまぁまぁ……上出来では?」


 綺麗な焼き目がついて、まだパチパチと焼けている音がするパンが目の前にあった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る