第45話 いざ、実食。

 目の前には熱々のパンがある。

 人生で初めて作ったパンだ。


「すごーい、熱そう!」

「当たり前だろ、焼けてんだから!」


 柄にもなくはしゃぐ男女がそこにはいた。

 落とさないように気を付けながらパンを調理台の上に置く。

 焼きあがったパンは思ったより膨らまなかった。

 まぁ焼く前から膨らんでなかったしてろーんってしてたからしょうがない。

 しかし実際に焼けるとこれがまた不思議と達成感があった。


「よし、切り分けるぞ!」


 さっそくナイフで切ってみようと試みるが、どうにも興奮が冷めず手が震えた。

 パン1つでここまで自分がドキドキしていることに驚いた。

 その興奮の最中、俺の中の冷静な部分がこれまでのことを思えばこうもなるだろうと答えを出していた。

 確かにそうだ。

 戦争で両親を失ってから最悪続きだった。

 そんな俺が今では森でパンを焼いている。

 まるでおとぎ話みたいな話だった。

 本当に、夢みたいだった。


「切って切って! モチちゃんの分も!」

「これモチ食べても平気なのか!?」

「大丈夫だよ、竜だし!」

「そういえばそうだな……え!? 竜ってパン食うのか!?」

「にゃあん」

「食うらしいわ!」


 ということで早速包丁で真ん中から切り分けた。

 断面は……うん、密度がすごい。

 それに何というか、包丁を入れた時のザクッ感も妙だった。

 何となく弾力があるというか……うーん。

 首を傾げながらも俺の分、イリスの分、そしてモチの分と切り分ける。

 お皿……と思って棚を見るとまだ置いていないことを思い出した。


「お皿取ってくるよ」

「はーい。ウサギ切り分けてるね」

「ありがとう」


 お皿を取りに家に戻る。

 結構色々と動かしたお蔭でだいぶ片付いてきたな……。

 一応足の踏み場がかなり確保できたが、まだまだ荷物は多い。

 小さめの倉庫とか作ってそこに収納したいなぁ。

 また作るものが増えた気がする。

 そして消費する材料の量も。


「とりあえず台所もできたし、とりあえず生活はかなり改善されたな……次はいよいよあれだな」


 やれることからやるのも大事だが、やらなければならないことをやるのが一番だ。

 次にやるべきことの計画を立てながら、3人分のお皿を持って戻るとイリスが調理台の上でウサギを細かく切っていた。


「サンドイッチにしてみようかなって」

「いいねぇ。早速食べてみよう」


 切り分けたパンを薄めに切って、そこへウサギ肉を置く。

 葉野菜は何かなかったっけとクラフトブックを探すがストックがなかった。

 とりあえず肉だけで食べるとしよう。


「モチの分もできたし、食べるか」

「いただきまーす!」

「にゃあん」

「いただきます!」


 3人そろってガブリと齧る。

 ……。

 ……?


「美味しい?」

「なんか、変」

「だよな……変だよな」


 そう、変というのが一番正しかった。

 美味しくないのは当然として不味いかと聞かれたらそうでもない。

 この『そうでもない』という感想の9割はウサギのお蔭なのだが、残り1割の感想は『変』だった。

 これを不味いという感想に変換するにはまだまだ経験が足りないのだ。

 ただ1つはっきりと分かるのは、先程までの興奮が急激に冷めていくことだけだった。


「固い……でもないし、なんだ、弾力? があるよな」

「うーん……あっ!」

「なんだ、答え出たか!?」


 もう一口噛んだイリスがハッとした顔で俺を見た。


「ゴブリンの頭噛んでるのと同じ触感かもしれない」

「ゴブリンの頭噛んだことあるの……?」

「前にちょっとね……その時のこと思い出した」


 俺ももう一口噛んでみる。

 これがゴブリンの頭と同じ触感ということに驚きを隠せず、認めたくなかった。

 そしてイリスの感想を聞いてからだと何だか食欲が減退してしまった。

 好き好んでゴブリンの頭なんて齧りたくないよ俺。

 しかし残したくもなかった。

 うーん……トーストにしてみれば食感も変わるかな?

 思い立ったら試すのが吉だ。

 早速皿の上でサンドイッチをバラしてパンだけグリル台で焼いてみる。

 燻っている熾火に薪を1つ入れて細く強く息を吹き込んで火を熾し炙るように焼いていく。

 時々持ち上げて裏面を見ると、ちゃんと焦げ目がついて焼けているのが確認できた。

 十分な焼き目がついたら裏返してもう片方も焼いていく。

 それが2枚とも出来たらもう一度ウサギ肉を挟んで齧る。


「ん……! さっきとは全然違う! 変じゃない!」

「私も焼く! モチちゃんはどうする?」

「にゃあん」

「このままでいいって」

「了解!」


 俺の真似をしてトーストを作るとイリスも先程とは違って美味しそうに食べていた。

 モチははぐはぐといつも通りに食べていた。

 生肉食べるくらいだからゴブリンの頭でも問題ないのだろう。

 むしろ嚙み砕くだろう。

 ……それにしてもこの失敗はきついな。

 この森に来て初めての大失敗じゃなかろうか。

 できれば今すぐにでも町に行って店主さんにパンの作り方を教わりたいところだが……。


「あ、そうだ」

「ん?」

「明日は植林をしてみようと思う」

「おぉ~」


 そろそろ動かなきゃいけないと思っていた植林。

 これを明日やってみようと思う。

 やり方は苗木を植えるというだけだが、この植えた苗木にクラフトブックで作った肥料を加えるとエタデ仕様の速度で成長するかどうか試したい。

 そうならなかった場合、今後は木材の調達は考えなければならない。

 アンスバッハで購入するとか、隣国から買い付けるとかだ。

 その手間を考えるとなかなか厳しい。

 正直、上手くいかなかったら終わるまである。


「パンはしばらくいいや……アンスバッハに用事がある時に学べたら学ぶしかない」

「店長さん教えてくれると思うよ。アンスバッハでのパンの販売権はあの人が掌握してるし、クラインくんは町に住んでないし」

「そうだといいな」


 俺はトーストサンドを齧りながら今日の失敗を思い返し、そしてこれからの事に思いを馳せた。

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