第34話 構想はたくさん練った方がいい。
その夜は味付き肉で盛り上がった。
塩だけの味付けだったが、この森で食べるというのは格別に旨かった。
旨すぎて全然足りなくて、もう2匹も解体してその場で焼いて食べてしまった。
ここでこの旨い料理が食べられるというだけで奇跡のようだった。
こんなものかなと思っていた量の倍以上を食べ、腹いっぱいになった俺たちはその夜は疲れてたのもあって泥のように眠った。
そして翌朝。
食べる前は頭の片隅で気にしていたモンスターの襲撃の可能性を思い出したのは寝起きからしばらくしてからだった。
一度襲われた場所だ。
モンスターを倒しきっても何かあるかもと思っていたが、結局何事もなく朝を迎えていた。
身支度をして、イリスが起きてきたのと入れ替えに家に入って着替える。
「そのまま寝ちゃってたからな……ベッドも洗いたいところだけど、まだでかい物を洗うのは厳しいな」
シーツのような大きなものは洗うのも干すのも大変だ。
やろうと思えばできるが、大変だというのが本音だ。
がっつり干す用の細くて丈夫な紐もクラフトすればいいし、洗濯ばさみも小枝があれば事足りる。
その場合は生木の方がいいのだが……と、それは置いといて。
今日は早速だが集まった素材をクラフトブックにストックしてからまた素材集めの続きをする予定だ。
そういえば昨日の夕食の時にイリスが採掘作業をしてみたいとか言ってたっけ。
剣が振れるのだし、問題ないだろう。
掘りすぎなければ大丈夫だ。
そのことは既にイリスには伝えてある。
さて、となると俺は今日はこの丸太を入れてからモチと一緒に行動することになりそうだ。
「モチ~」
呼ぶとどこからともなくモチが現れる。
やるべきことは理解しているようで、ふい、と顔を逸らすと川の方へと向かっていった。
その後を追って川を渡る。
この川もジャンプで渡るには少々川幅が大きすぎる。
なんとか無駄に濡れないようにちょうど良い岩の上を渡っているが、滑って転ぶ未来しか見えない。
「うーん……まぁいいか、使っちゃおう」
在庫にしている【板】と【丸太】と【木材】で簡単な橋をクラフトしてみた。
幸いにも橋のレシピは早い段階で解放されていた。
殆ど使うことのないレシピだったが、ここで使うことになるとは。
建築関係はそれこそ、倉庫ぐらいしか使わなかったからなぁ。
エタデでは使わなかったレシピは意識してないとすっ飛ばしちゃうから、気を付けて見ていかないとな。
きっと新たな発見もあるだろう。
「ハウジング系とか、ちゃんと見ると便利なものもあるかもなぁ」
どうしてもそういった部分は所持金を消費して公共の施設を使う部分が多かった。
自分の家というのがなかったからなぁ。
ちゃんと家を建てて、内装を完璧に仕上げた人のスクリーンショットなんかは界隈では結構人気だったりした。
だが俺はどうも面映ゆくて手が出せずにいた。
「……そうだな。素敵な家というのも気持ち良く暮らすには大事な要素だった」
イリスの家は落ち着いた雰囲気がとても良かった。
ああいう家も良いが……俺はもっと、なんというか、緑の多い家が好みだ。
色じゃなくて葉っぱの話である。
もう森に住んでるのに家まで葉っぱだらけにするのはおかしな話かもしれないが、そういう雰囲気が好きでここにいるのかもとも思った。
「海より山。塩水より真水だな」
そんな未来に思いを馳せながら、俺は川を渡った。
昨日モチが切り倒してくれた丸太のピラミッドの傍でお座りしていた。
なのでまずはその丸太の回収からだ。
「モチ、この本の上に置いてくれるか?」
「……」
おもむろに口を開いたモチは丸太に噛みつく。
大丈夫かとハラハラしながら見ていたが、そのまま丸太を持ち上げて本があるこちらへと振り向いた。
「うっわぁ!?」
振り返る勢いのまま、丸太の先が俺の鼻先をかすめた。
モチからは見えてないし、近くに立っていた俺が全面的に悪かったが、思わず大きな声が出てしまった。
丸太を本の上に置いたモチが俺に近付いて俺の鼻に自分の鼻先を近づけてくる。
「大丈夫だよ、ごめんな、大きな声出しちゃって」
「にゃあん」
心配してくれるモチの頭を撫でてあげる。
作業をお願いしておきながら俺が怪我したんじゃ情けない話だ。
これからは気を付けないとな。
重機作業の際は一定の距離を置いてご安全に、だ!
そしてここで新たな発見があった。
モチが今置いた丸太が本の上に置かれたままになっている。
中に入っていないのだ。
「やっぱりこれって俺が入れなきゃ駄目なのかな」
俺のスキルだからそういうものだと言われればそれまでだが、そうか、共同作業でなきゃ駄目なのか。
あくまで『普通に読むように開いた本に俺が自分で入れる』というのが大事らしい。
というか丸太が乗っかった本、大丈夫か?
確認の為に丸太を動かそうと手を触れると、まるで何もなかったかのように丸太が消えてしまった。
どうやら本に接触している状態で俺が触れると俺が入れた判定になるようだ。
そして下敷きになっている本はまったく問題ない。
「よく分からんが……モチ、一緒に作業するぞ」
「にゃあん」
モチが丸太を置いて俺が手を添えるだけという、実に不平等な共同作業をした。
作業が終わり、俺は木がなくなって明るくなった場所で落ちている枝や石を拾い集めた。
モチは切り株引っこ抜き係をしてもらっている。
まったく、あの爪に引っ掛けられて抜けないものはないだろうな。
俺は時々腰を伸ばし、適度に休憩しながら素材集めを続けた。
見上げる空は青く、明るい陽射しが空き地となった森へと差し込んでくるのは幻想的な光景だった。
今は倒木や岩が草と苔に覆われている状態だ。
そんな光景を眺める為に近くにあった岩の上に腰を下ろす。
これも素材なのだが、こういう光景を見ると残しておくのも風情があるなと思ってしまう。
「適度に残しつつ、快適に……だな」
開拓すれど破壊せず。
以前決めた標語だ。
ただ切り拓けばいいという訳ではなく、俺はこの今ある風景を大事にしながらここに住みたいんだ。
そして周囲にある切り株を見ればモチが俺の理想をちゃんと理解してくれているのが伝わってくる。
本当にあの子は凄い。
竜という知能の高い生き物であるのは当然ながら、当たり前のように俺の言葉を理解してくれている。
それどころか、こちらのことを気遣ってさえくれるのだ。
あんなに素晴らしい子はどこを探してもいないだろうな。
「にゃあん」
「ん? いや、サボってる訳じゃないぞ。これからの構想をだな」
「にゃあん」
「うぐ……」
『下手な考え休むに似たり』とモチに言われてしまった。
どこでそんな言葉覚えたんだ……。
これ以上構想を練っていると川までぶっ飛ばされそうだったので、俺は腰を上げて作業に戻るのだった。
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