第35話 緊急でクラフトしてます。

 やることは多いが無いに越したことはない。


「モチ、ここからあそこまでの木を切ってくれ!」

「にゃあん」


 前脚を振り下ろしたモチの爪撃により、指定したエリアの木の根元に真一文字の線が入る。

 俺は慌てて木が倒れてこない方向へと走って逃げると、背後で地響きが鳴った。

 振り返ると一方向に倒れた丸太の群れが見える。

 ちゃんと倒す方向まで考えてあの一撃を加えていると考えるととんでもない技術だ。

 とても助かる……頼りすぎるのもちょっと申し訳ない気持ちだが。


「ありがとう、モチ」

「にゃあん」

「わかったわかった」


 昨日食べたウサギ肉が旨かったからか、おねだりをしてくるモチ。

 クラフトブックから生のウサギ肉を取り出してやるとすぐにそれにガブリと齧りついたモチ。

 勿論、勢いのままに俺の手を噛むなんてことはなく、上手にパクリと平らげた。


 モチには1箇所に丸太を集めてもらいながら、俺は日が差して見えやすくなったエリアの枝と石をどんどん回収していく。

 夢中になって集めていたら、ふと足元が暗くなっていることに気付いた。


「にゃあん」

「そうだなぁ。今日はもう終わりだな」


 モチもいつの間にか切り株も全部引っこ抜いてくれていたようで、振り返るとまた拓けた場所が完成していた。

 引っこ抜く際に抉れた地面なんかは後日、クラフトブック内の土で埋めておくのが切り株処理の後始末だ。

 まぁ今日は丸太と切り株入れて終わりだな。


 完成初日の橋を不思議そうに渡るモチ。


「俺たちはお前みたいにぴょーんとはいかないからさ」

「……」


 不安そうに渡っていたが、もしかして重量のことを気にしているんだろうか?

 だったら問題ない。

 あれはクラフト品だから耐久値がなくならない限り壊れることはないんだから。


「大丈夫だよモチ、どれだけ重くても耐久値が0にならない限り壊れな……いってぇ!! ……うわぁ!!」


 説明途中でモチに尻を思い切り殴られ、その勢いのまま俺は川に落ちた。



             □   □   □   □



「なんでずぶ濡れ?」

「まぁ、色々」

「……」

「ふぅん。てか疲れたぁ~! 穴掘り大変だね!」


 穴掘りというか、掘削作業なんだが。

 こいつは秘密基地でも作ってるつもりだったんだろうか。


「それで、鉄鉱石は?」

「ちっちゃいのがぽろぽろって感じかな。言われた通り土や石とは分けて置いてあるよ!」

「ありがとう」


 明日は素材回収は止めにして、その土と鉄鉱石をクラフトブックに移してからクラフトかな。

 本来は洗濯機とお風呂をクラフトする予定だったが、追加の品を考えて少し多く素材を集めた。

 今朝、モチに切り倒してもらった木もその為である。


 実はこれまでは明言してこなかったが、この拠点にはトイレがない。

 つまり、俺やモチはその辺の草陰に穴を掘ってしていた。

 イリスも何も言わずにそうしていた。

 きっと冒険者としてずっとそうしてきたからだろう。

 これは俺たちの尊厳に関わることだったので話しづらかったが、こうして公表するに至った原因は例のハウジングレシピを見返したからだ。

 エタデに排泄のシステムはなかった。

 そらそうだ。ゲームだもの。

 いや、ゲームによってはそういうのもあるにはあるが、エタデにはなかった。

 だから気付かなかったのだ。


 トイレのクラフトレシピに!


 これを発見できたのは昨日、寝る前に勉強せねばとハウジングページを眺めていた時にふと目に留まったのがきっかけだった。

 エタデのハウジングにはトイレがあるらしく、利用はできないが見た目として備わっていたらしい。

 これを見つけた俺は慌てて作業台の前に立ってクラフト準備をした。

 黄色いホログラムに現れたのは細長い木の小屋に囲まれたトイレのホログラムだ。

 ちゃんと周りの目が気にならないように囲ってくれる優しさがあるらしい。

 さらに驚いたのは、トイレが汲み取り式ではあるが、便槽のクラフトが別だったことだ。

 これは家や倉庫と同じで外界からの影響を受けないのと同じように、外界への影響もでない便槽だ。

 つまり、中に入れば一切の匂いがしなくなるのだ。


『革命だ……!!』


 思わず作業台の前でそう呟いている俺がいた。

 正直、水洗式のトイレよりも有難かった。

 何故ならばその取り外しできる便槽をそのままクラフトブックに入れて解体してしまえば、肥料の元となる糞が手に入ってしまうからだ。

 スムーズにこの発想に至った原因が炉に詰められたアルターゴブリンのうんちだったのが気に食わない……。

 が、今なら多少……の半分の半分の半分の半分くらいは感謝してやってもいいかもしれない。

 そして外界への影響が出ないのだから音の心配もない。

 どれだけ神様に拝んでも助からないくらいお腹が痛くても問題ないのだ。

 ……とかあんまり言ってると気が滅入ってくるので言いたくはないが……とにかく、最高のトイレがクラフトできることを知った俺は緊急で素材集めをしたのだった。


「ちょっと1つクラフトしたいんだけど、いいかな?」

「もう日も暮れてるけど大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。駄目だったら明日また移動させるし。……実はトイレを作ろうと思う」

「トイレ!? 本当に!?」


 女の子だから言い出しにくかったろうが、やはり青空トイレは気にしていたのがそのテンションの上がり具合から伺える。


「あぁ、本当だ。そしてこのトイレは音も外に漏れないし、匂いもまったくしない。究極のトイレだ!」

「なんてこったぃ……!」


 テンション上がりすぎてバグってるが……今はそっとしておこう。


「それを家の隣に建てたいんだけど、いいかな?」

「私は問題ないよ!」

「私は、っていうか私しかいないんだけど……ごめんな、モチは入れないんだ」

「……」


 唸りながら恨めしそうな目で俺を見るモチ。

 お前は元々青空派閥だったろうなんて口が裂けても言えなかった。

 猫砂とか、そういうの探してみるから……そんな目で見ないでくれ……。


「じゃ、じゃあ早速だけど建てちゃうな」

「はーい!」


 作業台の前に立ってクラフトブックを開く。

 ページはハウジング類。

 選んだレシピはトイレ。

 クラフトの項目を選択すると目の前に黄色いトイレのホログラムが出現する。

 それを家の横まで視線で誘導していく。

 途中にあるテーブルを通過する時だけ赤色のホログラムに変わるが、すぐに黄色に戻って家の横でピタリと止まった。

 そして頭の中でクラフトを念じると、瞬きもしないうちにトイレが出現した。


「わぁ~! 凄いね!」

「そういえばこういった建築系のクラフトを見るのは初めてだっけ」

「うん、初めて見たよ! 凄いな~!」


 同じページ内にある便槽もクラフトする。

 こっちは木製の引き出しのような形をしている。

 その上に蓋がついていた。

 用を足す時はこの蓋を開けないといけない。

 出来上がったばかりのトイレのドアを開けると、この便槽がすっぽりはまる形で空間が開いていた。

 見たところ、上からも入れられるし、形通りに引き出しようにも引き抜ける隙間があった。

 上がすっぽり空いているのはこの蓋が原因だろう。

 トイレの便座の上にある蓋のような役割もあるんだろうな。

 これならぱっと見で蓋開けないとできないって分かるから失敗しなさそうだ。


「使う時はちゃんと蓋開けてするんだぞ。間違っても蓋の上にしたら意味ないからな」

「もう! そんなことしないよ!」


 顔を真っ赤にして怒るイリス。

 大丈夫だとは思うけど一応ね、一応。

 いや、俺も気を付けないとな……。


 そんなこんなで緊急のクラフトは完成した。

 これでまたQOLが上がってしまったな……。

 明日はいよいよ洗濯機とお風呂のクラフトである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る