第52話 パンと油を買う。

 行き交う冒険者の視線を集めているモチはツンと鼻を空に向けて優雅に町を歩く。

 その隣で俺はモチから伸びる手綱を握って並び歩く。

 モチは賢いので必要ないのだが、周りの人たちを安心させる為にも手綱を持つのは大事だった。

 町に到着する前に繋いだ荷車がゴトゴトと音を立てるが、それ以上に町には音が溢れていて俺たちの音なんてあっさりと掻き消していく。


「もうすぐ着くからな」

「……」


 すんすんと鼻を鳴らすモチ。

 モチにはもう焼きたてのパンの香りが届いてるのかな?

 俺にはまだ分からないけれど、素晴らしい香りが待っているのは分かっている。

 通りを進み、何度か曲がって歩いていくとようやく俺の鼻にも香ばしい匂いが届き始めた。


「着いた着いた。うわ、並んでるなぁ」


 店先には何人かアンスバッハの住人が並んでいた。

 その中には冒険者もいて、きっと朝食と昼食両方買うんだろな、なんて思った。

 俺もお弁当持ってってどこかで食べたいなぁ。

 とりあえず最後尾に並んでいると、あっという間に最後尾じゃなくなった。

 凄い人気である。

 大人しく並び、順番が回ってきたところで俺も入店した。

 店内は以前来た時と変わりなく、木製の棚にカゴが置かれ、焼きたてのパンが積まれていた。

 お客さんはそれを1つ、ないしは2つ取って店主が立つカウンターへ向かう。

 そしてお金を払って早々に出ていく。

 流れが完璧に出来上がっていた。

 俺も流れに逆らわずにパンを手に取り、カウンターへ向かった。


「1つください」

「はいよ~。1つ銀貨2枚ね。……あら? この間の子ね」

「おはようございます。この間はどうもありがとうございました」

「パンは作れた?」

「駄目でしたねぇ」

「あらあら……」


 実際、あらあらである。


「ちょっと午後にまた来なさいな。落ち着くと思うから」

「はい、伺わせてもらいます!」

「ん、じゃあまいどあり~」


 お金を払って店を出た。

 いやぁ、期せずしてきっかけ作りができてしまった。

 おまけにしたい話もできそうで良かった。

 パン関係はもう大丈夫そうだな。


 モチと一緒に町を歩き、良い感じに広い場所を見つけた。

 ベンチが少し距離をあけて置かれているから公園かな?


「ここで食べよっか」

「にゃあん」


 腰に下げていた鉄の短剣でパンを半分に切る。

 片方をモチに渡し、残った片方をもう半分に切ってから齧りついた。


「ん! やっぱちげぇなぁ……」


 一口で分かる旨さだった。

 お店のパンは焼きたてということもあるかもしれないが、すごくふわふわして柔らかい。

 それでいて外側はパリッと焼かれていて食感が良い。

 皮だけ食べてみたいなと思ってちぎろうとしても、生地同士の結びつきが強くて皮についてくるくらいだ。

 俺が焼いたパンはブチッてちぎれたのに……。

 モチははぐはぐと勢いよく食べている。

 このパンがそれだけ旨いのだと改めて証明された。


 食べ終えた俺たちは腰を上げて油を買いにでかけた。

 場所はイリスから聞いてる。


「なんでも油専門店らしいぞ」

「……」


 興味なさそうなモチだった。

 聞いていた目印通りに道を進むと立ち並ぶ商店の中に目的の看板を見つけた。

 油、とだけ書かれたシンプルな看板だ。

 薄暗い店内を覗くと大量の壺、壺、壺。

 大小様々な壺が所狭しと並んでいた。


「すみませーん」


 声を掛けるも反応がない。

 しかし物音は聞こえる。

 しばらく待つと店の奥から杖をついたおじいさんが出てきた。


「イリスエラの紹介で来ました。油はここが一番だって」

「そうか……それで、どの油が欲しいんだい?」

「植物油があると助かります」

「じゃあこれだな」


 おじいさんがカウンターからこちら側に出てきて少し歩き、一つの壺を杖で軽く叩いた。

 壺には注ぎ口がついているが、それを覆うように蓋がされている。

 あんまり空気に触れるのはよくないんだろうな。

 

「この油、大き目の壺いっぱいに貰うことってできますか?」

「大量購入なら奥で直接持っていくしかないが、運べるかい?」

「荷運びなら問題ないですよ。お金も用意してます」

「ふむ」


 再びおじいさんの案内で、今度は店の奥へと向かう。

 すると家の外に出て、小さな庭の隅に大きな倉庫があった。

 その倉庫の鍵を外して中へと入るおじいさん。

 その後ろについていくと、この倉庫の中も店内と同じように暗かった。

 きっと日の光とか温度も保存に関係してくるのだろう。

 となると俺も買ったあとの保存の仕方を考えるしかない。

 うーん……アワの木の傍の土にでも埋めるか?


「これだな。運べそうかい?」

「ん……んんっ……!」


 取っ手を持って持ち上げようとするが、持ち上がらない。

 多少動きはするが、これを持って荷車の上に置くというのはちょっと厳しそうだ。


「はっはっは、重いだろう?」

「ちょ、っと……重すぎ……っ! っはぁ、はぁ……駄目だぁ……」

「ちょっと待ってなさい」


 あまりに重くてその場で腰を下ろして息を整えていると、倉庫を出たおじいさんが誰かをつれて戻ってきた。

 その人は僕の2倍くらいありそうな身長と、僕の4倍はありそうな筋肉をした大男だった。


「うちで働いとる巨人族のメガロスだ。彼に運んでもらいなさい」

「巨人族の……えっと、よろしくお願いします!」

「うす」


 短く返事をしたメガロスさんはあっさりと壺を抱えて倉庫を出て行ってしまった。

 店内を通るルートとは違う勝手口のような場所を抜けたところでモチがすでに待機していた。

 一瞬、目を丸くしたメガロスさんだったが、荷車を見て理解したのか、そっと壺を下ろしてくれた。

 そして荷車の上にあったロープを使って慣れた手つきで壺を荷車に固定してくれた。

 壺の縁をぐるりと回って左右2か所ずつ固定されている。

 よっぽどのことがない限り倒れる心配はなさそうだ。

 町の外まで倒れなければ大丈夫だし。


「普通なら壺込みで金貨7は貰うんだが、イリスの紹介だから少しまけてやろう。金貨6でいいぞ」

「えっ、いいんですか? ありがとうございます!」


 遠慮なんてしませんとも。

 交渉すらしない。

 ただ店の場所を紹介してもらっただけなのにまけてくれたのだ。

 運んでもらえて助かったし、固定もしてくれた。

 とんでもなく良い店じゃないか……むしろ多く払いたいくらいだ。


「ん、じゃあ気を付けてな」

「何から何までありがとうございました。また買いに来ます」

「おぉ、待っとるぞ。そうじゃ、儂はゾーイという。名前を聞いても?」

「クラインと申します。自己紹介が遅れてすみません」


 頭を下げるが、ゾーイさんはカカと笑う。


「構わん構わん。じゃあなクライン。イリスによろしくと伝えてくれ」

「わかりました。ゾーイさん、ありがとうございました!」


 モチが歩き出したので俺も後を追う。

 振り返るとゾーイさんとメガロスさんが手を振ってくれているのが見えた。

 それに応えるように手を振り返しながら、俺は嬉しい気持ちが胸に広がっていくのを感じていた。

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