第26話 ついにお買い物です。

 応接室を出ると、正面の壁に背を預けたイリスが待っていた。


「お疲れ様!」

「お疲れ様。もう、ビックリしたよ……イリスと商談するもんだとばっかり」

「ふふふ、私は商家の娘ってだけだよ~」


 確かにそう言ってたな。

 これは一本取られた。

 でも無事に魔宝石は買い取ってもらえた。

 これもイリスのお蔭だ。


「ありがとう、繋いでくれて。本当に助かったよ」

「お礼は不要だよ! 私が協力したかったからしただけだからね!」

「ん、騒がしいなと思ったら」


 突然後ろのドアが開いてハッシュさんが出てきた。

 そうだった、まだ中にいらっしゃるんだった。

 忘れて盛り上がったら、そら筒抜けだよな……めちゃくちゃ恥ずかしい。


「お父さん、いくらで買い取ったの?」

「それは商売相手との秘密だ」

「ちゃんと適正価格で買い取ったんでしょうね?」

「そこは問題ない。お前の友人ということで色もつけさせてもらったよ」

「さすがお父さん!」


 親子の会話を端っこで聞く捨て子の俺。

 だがもう心が痛むことはなかった。

 ただただ、この2人の暖かい会話が心地良かったから。


「じゃあそろそろ俺は行きます」

「おぉそうか。またいつでも来なさい」

「ありがとうございます。では失礼します。イリスも、またね」

「うん!」


 2人にお辞儀をして、俺は来た道を戻る。

 いつの間にか追従していた使用人の方に扉を開けてもらい、庭に出る。

 広すぎる程に広くはなく、かと言って狭すぎない、ちょうどいい庭だ。

 これくらいの広さだと全部が見渡せて良い。


「さて、行くかモチ」

「……」

「軽くなったからってはしゃいじゃ駄目だぞ。それに荷車も買わなきゃなんだから」

「ふん」


 走りたそうにしてるモチの背を撫でて宥めた俺は揃って歩き、門の外に出た。

 門を閉じてくれた使用人さんに礼をして、帰っていくのを見送っていると後ろから声を掛けられた。


「荷車はこの通りの奥を右に曲がった雑貨屋さんで買うといいよ」

「え?」


 その聞き覚えのある声に振り向くと、いつの間にかイリスが俺たちの背後に立っていた。


「な、なんでいるの!?」

「えー、だって案内ないと大変でしょ?」

「いや、そりゃそうだけど……またねって言ったら、うんって言ったじゃん!」

「うんって言ったけど、案内ないと大変だろうなって思ったからついてきちゃった!」


 だいぶ何と言うか、奔放というか……。

 予想してない展開が続いて、とうとう俺は額に手をやってしまった。


「まさか森までついてくるなんて言わないよな?」

「うん!」

「信用できない……」


 言った傍からひっくり返る『うん』になんの肯定の意味もない。

 ……でもまぁ、賑やかな方がいいか。

 うん、一緒にいて苦じゃなければなんだっていい。


「じゃあとりあえず町案内、よろしく頼むよ」

「うん、任せて! お代は銀貨3枚でいいよ!」

「しっかりしてんなぁ……まぁいいや。今の俺にはお金があるからな!」


 ということでイリスに案内してもらって町を散策することにした。

 まず最初に荷車だ。

 案内されたのはイリスの家の前の通りを進み、その突き当りを右折したところにあった。

 店の前まで並べられた様々な道具は、見てるだけで面白かった。

 そしてその中に木製の荷車が置いてあった。

 荷物が外に落ちない為の柵付きで立派なものだ。


「これいいな。モチのサイズにもピッタリだ」

「上に載ってる商品、下ろしてもらわないとね。ちょっと言ってくるよ!」

「ありがとう」


 お礼を言うが、言い終わる前にイリスは店の中へと入っていった。

 おーいおばちゃーんという声だけが店外まで聞こえてきて、苦笑した。


「声でけぇ……」

「にゃあん」


 しばらくすると店の中から初老の女性を連れてイリスが戻ってきた。


「下ろすの手伝ってくれたら値引きしてくれるって!」

「もう何でも下ろすからいくらでも言ってくれ!」


 いくらお金があるとは言え、安ければ安いほどいい。

 張り切って、しかし慎重に荷物を下ろしてついでに片付けたお蔭で荷車はとても安値で買うことができた。

 ついでに色々と生活水準を上げる為にいくつかの雑貨も買わせてもらった。

 具体的には保存用の蓋つきの壺とか、食器類だ。

 いつまでも串に刺して焚火で丸焼きではいけない。

 文化的人間である為にはこういうところから用意していかなければならないからな!

 そして文化的人間を自称するなら日用品の多くも買わなきゃいけない訳で。

 具体的には歯ブラシとか。


「次は何を買うの?」

「スパイス類だな。味って大事だから」

「泣くくらい喜んでたもんね~」

「忘れてくれ!」


 人間、極限状態になったらそうなってしまうんだ。

 味覚とはそれだけ大事なものなのだ。

 そしてその極限状態にまで至らない為にはスパイスは必須である。

 イリスはどこがいいかな~なんて悩んでいる風だが足は迷いなく進む。

 いったい彼女はどれだけの店舗を把握しているのだろう。

 商家の娘とは言っていたが、商売敵のように嫌われていたりはしないのだろうか?

 さきほどの雑貨屋さんのおばちゃんとはすごく仲が良さそうだったが。


「スパイスと言えばやっぱここかな~!」

「おぉ……店外まで独特の香りが……」


 一風変わった香りのする店には俺が買ったのよりも大きな蓋つきの壺が所狭しと並んでいた。


「壺ごと欲しい……」

「いくらになると思ってるの。無理に決まってるでしょ」

「ですよねぇ」


 味覚に飢えた俺は見境がなくなっていた。

 イリスがいなかったらこの腰まであるひょろ長い壺ごと家に持ち帰っていたかもしれない。


「てんちょー! お客さん連れて来たよ!」


 イリスの声に奥から異国風の衣装を身にまとった女性が出てきた。

 ウェーブのかかった長い黒髪を片方から垂らした姿は妖艶の一言に尽きる。


「あら、イリスじゃない」

「こんにちは! こちらはクラインくん、森に住む人!」

「クラインと申します。スパイスを外の荷車に乗ってる壺に入る分だけ欲しいんですが……」


 そう言って店の外にあるモチに繋いだ荷車を指差す。

 荷車の見える場所にある両手で抱えるくらいのサイズの壺は保存用。

 もう1種類、片手で持てるサイズの壺も買ったが、それは普段使い用に小分けにする。

 俺が指差したのは大きい方の壺だ。


「ふぅん。というか、とんでもないものに荷車引かせてるのね」

「良い子ですよ」

「モチちゃ~~~ん!」


 店長さんに話してる最中にイリスがモチの胴体に顔を埋めてすーはーすーはーと吸い始める。

 人前でそれをやる勇気は俺にはない。

 だがお蔭でモチの安全性は保障されたようで、店長は引き気味の笑みを浮かべた。


「まぁ、安全ならいいわ……面白いね、きみ」

「ありがとうございます……でも今はイリスの方が面白いと思います」

「あれは面白いって言わないのよ。気持ち悪いって言うの。まぁ、中に入りなさいな」


 何はともあれ、俺は念願のスパイスを購入する為にイリスを放置して店の中へ入るのだった。

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