第71話 収穫祭は終わる。
買うものも買って日暮れ頃、にわかに町がざわつき始めた。
何となくそわそわした雰囲気の町を抜けて迎賓館へ戻り、買いまくった荷物を部屋に置いて廊下に出たところでケイと出くわした。
「おぅ」
「おっす。今日は朝からいなかったけど、どうしたんだ?」
実は今朝、風呂から出た後にケイの部屋に行ったのだがもぬけの殻だった。
お土産を買うついでにケイと一緒に黒猫竜の話でもしようかと思ってたんだけど、何か用事でもあったのだろうか。
「今後のことをちょっとな。朝から会議とか終わってるよマジ」
「ははっ、頑張れ首長」
「うるせーこの野郎。まぁでも朝から頑張ったお蔭で祭りまでには終わったよ。見せたかったね~。あの連係プレイを」
「別にいいよそれは」
「惜しいことしたよお前は……それより何だ、その大荷物」
まだ部屋の扉を閉める前だったから部屋の中が見えている。
しかも横着して入ってすぐの場所に固めて置いたから丸見えだった。
「これお土産。お世話になった人達に」
「すっごい量だな……」
「結構な量になっちゃったけど、ウーゴみたいに鍛えるつもりで持って帰るよ」
「いきなりこれは無理だろ」
振り返ってお土産の量を見るが、ケイに言われると何となく無理に思えてきた。
なんという意志薄弱。
今ある筋肉を振り絞ろうという気持ちがあまりにも薄くて弱い。
「クライン、お前、コルタナに言われたこと気にしてるだろ」
「……」
「あのなぁ……そんないきなり変われる訳ないだろ? それに無理して変えなきゃいけないもんでもねぇし」
確かにそうかもしれない。
でもそれは甘えだ。
今の俺の意志のように、筋肉のように、あまりにも甘い言葉は毒でしかない。
「それは綺麗事だろ?」
「綺麗で何が悪いんだよ。汚ぇよりよっぽどマシだ」
ふん、と鼻を鳴らすケイの仕草はモチそっくりだった。
「お前が良い奴なのはこのお土産の量見れば分かるよ。何から何まで変える必要はないんだ。意識すればするほど迷子になるし、そうなった結果、このお前の一番良いところがなくなったら取り返しがつかないじゃないか」
「そう……なのかな?」
自信がない。
ケイの言葉も心に響く。
しかしコルタナの言葉も心に刺さったのだ。
「そうだよ。お前が森に来てからずっと見てた俺が言うんだ。絶対に間違いじゃない!」
「……ありがとう。もう少し考えてみるよ」
「おう」
コツン、とケイの拳が俺の胸を突いた。
とても優しい感触に、もし俺に兄さんがいたらこんな感じなのかな……なんて考えている自分がいた。
そのことに俺は驚き、それと同時に何となく、自分の気持ちに納得できた。
……ような、気がした。
□ □ □ □
ケイと話しているとケットとウーゴもやってきた。
しかも意外な人物も交えて、だ。
それは
「こんなところで会うとは思わなかったですよ」
「あぁ、人族の。ついさっきそこで出くわしてな。祭りに行くのだろう?」
ウーゴと並び立つと本当に壁みたいだ。
見ていると何だか打ち解けているみたいだし、気が合ったのかもしれない。
口下手なウーゴが何やら楽しそうに話しているみたいだ。
ケットはちょっとまだビビり気味だけど。
「ちょうどこれから行こうと思ってたところです」
「ならば行こうか」
「行きますか!」
こういうのは積極的に行くべきである。
今後の関係にも繋がってくるしね。
ということで5人で再び商店樹までやってきた。
これから始まるのは大宴会だ。
商店樹にある広場に集まって皆で酒を飲むらしい。
「こっちだぜ」
ケイの案内でやってきた広場は、露店街の先にあった。
昼間行った時は、人の流れがそちらへ向かっていなかったから何もないんだろうなーと判断して戻ってきたがなるほど、そりゃ昼間は行っても何もないはずだ。
設営の関係者以外は行かないだろうし、人の流れがないのも納得である。
広場には大勢の人が集まって、すでにどんちゃん騒ぎになっていた。
人々の大声に混じって聞こえる弦楽器の音がどこか幻想的で、まるで夢の中のような気すらしてくる。
「今年も凄い人数だな~! お、あれなんだ!?」
「私は、端っこでいい」
「腹減ったな……」
「よしウーゴ、端から攻めよう」
もう皆して好き勝手やってるわ……。
あっという間に散ったケイ達。
残された俺とモチは互いに顔を見合わせ、溜息を吐いた。
「面白い家族を持つと苦労するな」
「にゃあん」
「よし、俺達は俺達で行くとするか」
「にゃあん」
モチと並んで歩き出すと、陽気なエルフ達が俺達に酒を手渡してくる。
モチはジョッキだと飲めないと断ると、大皿を持って再登場してきて笑ってしまった。
猫である前に竜なので酒もいけるのか、普通に飲み始めるモチ。
面白がって追加しようとするエルフ達をどうにかこうにか阻止しているうちにモチが全部飲み干してしまった。
酔った様子がないし、聞いても『平気』としか答えなかったのでまぁ、大丈夫なのだろう。
一息ついて会場を眺めてみる。
端っこでモグモグと何かを食べてるケットとケイの姿が見えた。
ケットが小さく手を振るので振り返してやる。
そのまま視線を流していくとシュレイドとウーゴが競い合うように飲み食いしているのが見えた。
そしてその向こうにいるコルタナと目が合う。
「……」
「……」
にやりと歪む口角。
薄く開いた唇が何か言葉を発するが、俺には聞こえない。
「にゃあん」
「……性格悪すぎだろ」
モチには聞こえたらしく、『猫竜の始末、頼んだよ』と言ったそうだ。
猫竜であるモチには聞こえると踏んでそう言ったとしか思えなかった。
俺とモチのやり取りが聞こえていたのか、クスクスと笑ったコルタナは視線を外して傍にいた人間と話し始めた。
俺の嫌悪感を受け止めながらも歯牙にもかけないのは終戦の英雄である自信だろうか。
こんなに性格が終わってる奴だとは思わなかったな……。
とはいえそんな相手でも頼らなきゃいけないのは悔しいが。
その後は何事もなく収穫祭は終わった。
仲良くなった獣人に挨拶をして、迎賓館に戻り、風呂に入って寝た。
その間もずっと俺の頭の片隅には里を襲う黒猫竜のシルエットが浮かび上がっていて、何だか落ち着かなかった。
考えることが多いまま、俺達は帰路に就いた。
それでもやるべきことはやれていたし、大丈夫だと思っていたのだが……。
「うぅ……」
「にゃあん」
「すまん、モチ……ちょっとしんどい……」
拠点に帰ってきた俺は熱が出てしまったようで、しばらくうなされることになってしまった。
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