第37話 次はお風呂。
洗濯機は無事に完成した。
今も俺の目の前で汲み上げられた水が洗濯槽に叩き込まれ、渦を描いてイリスの服をグルグルと掻き混ぜている。
「さて、次はお風呂だ」
「お風呂! 大事だよ!」
そう、お風呂はとても大事である。
土と草にまみれるこのスケアグロウ大森林では汚れずに過ごそうなんて思ってもできないのが現状だ。
なのでお風呂はとても大事なのである。
「水入れる訳だし川の傍の方がいいかな」
「氾濫とか大丈夫?」
「ここに辿り着いた日がちょうど大雨だったけど溢れなかったから大丈夫だと思う……」
あれ以上の雨はなかなか降らないとは思うけど、あの雨でもまだ少し余裕があったからな……。
もしかしたら俺が知らないだけで上流の方は支流とかあるのかもしれない。
「この水車から水引っ張れないかな?」
「水路に自作で手を加えたらいいんだけどな……」
「あーそっか、耐久値!」
そう。耐久値とは元の形を維持する為の数値だ。
それがある限り元の形を変えることはできない。
って認識だけど難しいんだよなぁ。
アルターゴブリンに作業台の上の道具を持ち逃げされたという事象があるから何とも言えない。
あれで耐久値は減ったが、言い換えればあれも手を加えていることに変わりはない。
俺が作業台をクラフトブックに入れた時点で持ち逃げされた物は消失したとは思うが……うーん。
「きっと取り外したり切れ込みを加えようとすると耐久値は減ると思う。そしてそれを『補修』した時点で加工した部分は元に戻ると思うんだ」
「じゃあ……水車もう1台?」
「コストが高すぎるってぇ……」
木だって無限にある訳じゃないが……うーん……植林、とか?
そうだ……植林だ!
エタデの畑は1週間で収穫できるんだから、クラフトブックを使えば木だって驚くような早さで成長するんじゃないか!?
残念ながらエタデで木を育てることがなかったからどうなるかは分からないが、万が一にも可能性がない訳ではないはずだ。
「ちょっと実験だな……」
「実験?」
「木、植えてみようかなって」
「ふぅん……時間掛かりそうだねぇ」
「まぁね」
果たして本当に時間が掛かるのか、掛からないのか。
それはやってみてのお楽しみである。
さて、本当に水車をもう一台用意する訳でもなく、一旦は何か上手いこと水車の水を流し込もうということで落ち着いた。
水路の制作をする必要があるが、楽をする為の努力は惜しまない。
これも経験だ。
「この辺がいいかな~。万が一水路が駄目で水車を作ることになってもここなら大丈夫でしょ」
と言っても失敗を予想して立ち回るのは間違っちゃいない。
俺は洗濯機よりも上流……少しだけ遡って橋の手前ぐらいの川沿いにお風呂を設置することにした。
どんどん家から離れている気がしないでもないが、この不便さもまた醍醐味だ。
想像してほしい。
熱々のお風呂から出て火照る体を少し覚ましながら家まで帰る様を。
見上げたら星空なんか見えたりして、とても風情がありそうだ。
湯冷めしそうな日は走って帰ることになりそうだが。
「と言ってもそんなに離れてないし、これくらい普通だよ~。お風呂入って自分の部屋に帰るくらいの距離だね」
「大きな家に住んでると言うことが違うねぇ」
「何言ってんの。クラインくんも住んでたじゃない」
「そういえばそうだった。じゃとりあえずここに設置するよー」
過去は大事だが振り返らなくていい過去もある。
思い出しそうになった記憶を封じ込め、俺はお風呂を設置した。
「おぉ~」
「ちゃんと囲いがあるね! しかも窓付き!」
「水路入れる場合はこの窓からぶち込むしかなさそうだなぁ」
ちょっとした小屋のような建物が完成した。
木製のドアを開くと、まず最初に目に入ったのは土台を底上げしたレンガだった。
確かにレンガはクラフト素材だったし、ちょうど余ってるのがぴったりの数だったから使った。
俺の予想としては家と同じように土台となるのだろうと思っていたが、ここでは目に見えて底上げに使われていた。
どの理由は浴槽を見て理解した。
「なるほど、五右衛門風呂か」
「ゴエモン? 何それ?」
「そういう仕組みのお風呂のことだよ」
鉄製の窯を下から火で炙って中の水を沸かすシステムのお風呂だ。
浴槽の中に、どう見ても固定されていない木の板が入っているのが見えたからだ。
しかしこちらの浴槽の形は珍しく、長方形だった。
随分と現代的な形である。
その浴槽がお風呂場内の約8割を占領していた。
残り2割は先程のレンガの上面である。
「この板を踏んで入るんだよ」
「へぇ~……なんで?」
「この浴槽の下で火を起こして中の水を温めるから。この板の下は鉄製なんだよ」
「なるほど……賢いなぁ」
浴槽の四隅には棒が固定されており、その棒を同じく四隅に穴の開けた板が通っていた。
きっとこれは踏み損ねてひっくり返るという事故防止の為のものだろう。
この棒がレールの役割になっていて、板はまっすぐ下へと降りる形になっている。
ちゃんと真ん中を踏まないと難しそうだが、事故るよりは良い。
「入れた水はここから出るみたいだね」
イリスが指差した場所はレンガ土台の表面部だ。
浴槽から伸びた木製の丸い筒が見える。
先端には同じく木製の栓が刺さっていた。
入ってる時に抜けないといいが……と思って中を覗く。
よく見ると板に切欠があり、そのちょうど欠けた場所が栓の位置で、内側にも木栓がついているのが見えた。
二重構造とは流石としか言い様がない……。
「出たお湯はどこへ行くの?」
「その奥にレンガがないところがあるでしょ? 多分、そこから外に出ていくんだよ」
「本当だ!」
入ってきた場所から見て一番右奥のレンガが抜けており、よく見るとその中に木の板が四角い内部に沿って立てられていた。
外に回って見ると、壁から伸び雨樋のような木製の水路が川まで伸びていた。
その途中には大き目の木桶があり、体を洗い流して出たお湯を受け止める場所まであった。
ちゃんと木栓もあって勝手に流れないようになっている。
至れり尽くせりである。
「絶対お湯のまま流したら駄目だぞ。川がビックリするから」
「だね。朝になったら流そう」
温排水なんて環境破壊のトップ争いをするメジャー選手だ。
都会の川なんてそれで水の温度が上がっちゃって、飼育できずに逃がした熱帯魚が繁殖しているくらいなんだから。
それに頭や体を洗う石鹸だって俺たちが使うのは自然由来のものだけだ。
化学成分は入ってないから安心だな。
……ん? なんでこんなこと知ってるんだ? 熱帯魚ってなんだ? 化学成分ってなんだ?
「まぁとにかく、俺たちは自然の中に住まわせてもらってるんだから、自然を大事にしようって話だな」
「木とかめっちゃ切ってるけど大丈夫?」
「ちゃんと植えて育てるさ。減らした分は増やすつもりだよ」
クラフトブックの力ならきっと、想像以上の成果がでるはずだ。
そう信じて、やっていくしかない。
「さぁ、とりあえずお風呂の準備してみるか!」
「わーい! 森でお風呂に入れるなんて!」
まったく本当にその通りだった。
早速俺とイリスは木バケツ(これはクラフト品)を手に川へと向かった。
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