第83話 考え続けるということ。

 宴会は続く。

 箸の扱いにも慣れ始め、食事を楽しむ皆を横目に果実酒を飲む。

 ある程度の酔いも心地良く、緊張も解けて精神が頑強にさえなったような気がしてくる。


「そろそろ話そうかぃ」

「猫竜ですか」

「あぁ。と言ってもそんなに話すようなこともないがね」


 箸で魚の身を小さく分け、口へ運ぶオデッサ。

 しばらくそれを味わってから、箸を置いた。


「私らが水上に暮らしているのは、見てもらっていると思う。その上で盗まれたのは飼育している鶏。だが水上の施設に鶏の飼育小屋はないんだよ」

「鶏が泳げないから、ですか?」

「いやいや、鶏は泳ぐよ」


 なんだ、てっきり溺れてしまうんじゃないかと思ってしまった。

 鶏って泳ぐんだ……。


「じゃあ別の理由ですか?」

「鶏は地面を掘るのが好きなのさ」

「あぁ……そういうことですか」


 昼間見た水上畑を思い出す。

 浅く掻くように動かしていた鍬。

 鶏が掘れる程の深さもなく。

 かと言って木造建築の上に土を敷き詰めれば腐食もするし、荷重の問題もある。

 素直に陸に作ってしまえば安心なのだ。

 だがそこを黒猫竜に狙われてしまった。


「穴を掘り、岩と石を敷き詰め、柵を立てた。だが猫竜にとっちゃあ、あんなものは障害にもならないんだ」

「分かります。猫竜の力の凄さは、常識の外にありますから」


 俺の後ろで寝転がるモチを撫でる。

 モチが実際に戦ったのは1度だけだが、力の片鱗は何度も目にしている。

 本気で戦えば地形が変わるのは必至。

 それ程の生き物なのだ、猫竜というのは。


「殺せるのかぃ? あんたに、猫竜が」

「その話をしたかったのです。実は」


 魔狼族から聞いた話と、俺がこれまで聞いて得た材料で立てた推論を話した。

 牛や鶏をその場で殺さずに奪われたことや今が繁殖期である可能性の話だ。

 オデッサは静かに聞いた。

 聞いて、魚を食い、水を飲んだ。

 暫くの沈黙の後、オデッサはパン、と膝を叩いた。


「クライン、あんたは偉い」

「え、あ、ありがとうございます?」

「全盛期の私なら何も考えずに殺しに行ったろうね。だがあんたはすぐにそうせず、考えて、考えて、考えた。どうすれば血を流さずに済むかを」


 それは俺が浅はかな馬鹿だったからだ。

 勝手にコルタナの力を当てにした罰だと思っていたから、考えさせられた。

 しかしどうしても罪だとか罰だとか関係なしに、猫竜という生き物を愛していた。

 結局これは俺が辻褄を合わせて考えた現実逃避かもしれない。

 実際はただの食料として奪っていっただけに過ぎないかもしれない。

 真相はまだ、何一つ分かっていないのだ。

 だから考えたところで、答えにもなっていない。


「オデッサ様、これは俺の盛大な現実逃避です。モチがいる手前、猫竜を殺したくないと、逃げの考えの行き着いた先というだけです」

「それでもあんたは考えた。辻褄が合うように考えた。それが私は偉いと言っているんだ。現実を、判断材料を、ちゃんと選んで審議し、考えた上での結果であれば、現実逃避とは言えなくなる」


 オデッサの言葉は、まるで冷えた水のようであり、温かいお湯のようだった。

 背中にピシャリと掛けられたようにハッとした。

 心身に沁み込むような温かさがあった。


「しっかりと考えた結果であれば、それは現実だ。向き合えばそれは、逃避じゃない」

「オデッサ様……」

「あんたはまだまだ若い。考え続ける人生を歩めるならば、名実ともに私よりも格上の存在へと成るかもねぇ。……そうそう、最近の被害は先週に鶏が数羽奪われたくらいだね。怪我人はいなかったよ」


 それだけ言うとオデッサがテーブルに手をついて立ち上がる。

 すぐにシュレイドが介助に入り、そのままカーテンの奥に併設されている寝室へと入っていった。

 今日はこれでお開きだろう。

 箸とカップをテーブルに置いて帰る準備をしていると戻ってきたシュレイドが静かに告げた。


「母が眠る。今日は解散ということで頼む」

「了解。明日の朝、出発するぜ」

「出発前に食料を持っていく」

「助かるよ」


 暗い夜道を湖に落ちないように気を付けながら、与えられた家へと戻る。

 クラフトブックから二段ベッドを出して就寝となった。



             □   □   □   □



 起きると女性陣が見当たらなかった。

 ベッドから降りると、空いている下の段に腰掛けている起き抜けのケイがいた。


「イリス達は?」

「水浴びだってさ……」

「あぁ、そういうことか」

「ふぁ……」


 欠伸をしたかと思うとそのまま横に倒れてしまうケイ。

 本当に朝が弱い男である。

 二日酔いになってないだけまだマシか。

 ウーゴは……と視線を巡らせるが姿が見えない。

 が、薄っすら外から風切り音が聞こえてくる。


「ウーゴは素振りか……」


 朝から元気過ぎる。

 俺も外に出てみると、ちょっとびっくりした。

 凄い霧だった。


「何も見えねぇ……」

「む、クラインか?」

「ウーゴ、頼むから斬ってくれるなよ」

「そんなヘマはやらん」


 大剣を肩に担いだウーゴが家の裏から出てくる。

 首から下げた手拭いで汗を拭いている。

 結構前から鍛錬をしていたようだ。


「女性陣は水浴びらしいな」

「あぁ、出掛けていった。あちらの方に」


 ピッと大剣で方角を示す。

 そんな鉄の塊を水平に持つなんてどんな筋力してるんだ……。


「俺達も後で行こう」

「そうだな。交代で行こう。出発はそれからでも遅くない……よな?」

「魔狼族の里は目と鼻の先だ。今は霧で見えないが、そちらにドルミナ山が見えている。その麓だから、ここから半日もあれば着く」

「今は、ってか、昨日も見えなかったよな」


 ここに着いた時は大小さまざまな湖に気を取られていたが、流石に山がすぐそばにあれば視界に入るはずだ。

 なのに俺はそのドルミナ山を見ていない。


「見ているはずだ。だがあまりに絶壁だから認識していなかったんじゃないか?」

「そんな馬鹿な……」


 いや、もしかして背景として認識してて見えていなかった?

 確かに昨日は……そうだな、何となく白っぽい景色と森と湖を見ていた気がする。

 しかしそんな……ねぇ。


「まぁすぐに分かることだ。……ん、ケット達が帰ってきたな」

「じゃあ俺達もさっさと行ってくるか。ケイ呼んでくる」


 横に倒れ込んだまま寝こけていたケイを起こして水浴びをして戻ってくると、ちょうどシュレイドが保存食を詰めた鞄を持ってきてくれていたところだった。

 それをありがたく受け取る。


「気を付けろよ、クライン。相手は野性の獣だ。お前の予測通りであれば、尚手強いはずだ」

「うん、十分に気を付けるよ。ありがとう、シュレイド。オデッサ様にもよろしく伝えてくれ」

「承知した」


 手を振るシュレイドに手を振り返し、俺達は進路を東へ取る。

 目指すはドルミナ山、その麓にある魔狼族の里だ。

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