第93話 命の優先順位。

 山を下りて魔狼族の里まで戻ってきた。

 里の入口に座って待っていたガガルガが、黒猫竜の姿を見て立ち上がる。


「上手くやったようだな、クライン!」

「お蔭様で、なんとか」


 多少のダメージはあったけれど、全員無事に保護できたので上手くやったと言っていいだろう。


「それでこの後のことなんですけど」

「まぁまぁまぁ、少し休め。話はそれからでも大丈夫だろう?」


 まぁ確かに凄く休みたい。

 お風呂入って寝たい。

 そんな欲が沸々と湧いてくるが、それでもやっぱり大事な話は今するべきだった。


「お願いします。すぐに」

「……分かった。場所を移そう」

「ありがとうございます」


 折れてくれたガガルガに感謝を述べつつ、俺達はガガルガの屋敷へと向かった。

 昨日今日で特に変わりのない屋敷に少しの安堵を感じながら、まずは黒猫竜の話を切り出した。


「黒猫竜の事情は概ね俺の予想した通りでした」

「ハハッ、そのようだな」


 真面目な顔をして話す俺にじゃれつく子猫竜達を見て噴き出すガガルガ。

 今はちょっとやめてほしいのだけれど、どうにも俺が身を挺して守ったのが安心安全と判断されたようで、帰ってくるまでずっと良いようにされている。

 黒猫竜の方はちょっと気拙そうだけれど、こればっかりは原因はこいつなので反省してもらいたい。


「その様子からすると話し合いは上手くいったようだな」

「はい。その上で俺はこいつらを全員、引き取りたいと考えています」

「ふむ……」


 それは俺の提案、願望だ。

 しかし実際には実害が発生している。

 乳牛の盗難とガガルガへの攻撃だ。

 多分だがあの厩舎の青年の話を聞く限り、無闇矢鱈に暴れ散らかしていた訳ではなく、行く手を遮る者にだけ攻撃の意志を見せていたのだろうと思う。

 それは生きる上での選択だ。

 俺はあの青年から聞いた話も含めてガガルガに情状酌量の余地はないかと提案した。


「フーゴの話は俺も聞いている。その上で、俺はコルタナ殿に被害を報告した。この意味は分かるな?」

「はい」


 どういう理由であれ、人に牙を剥く生き物がいるのであれば対処の必要はあるだろう。


「その上での話だ。何か説得材料はあるんだろう?」

「これは本人の意志の確認も含めての話ですが……」


 そこで俺は黒猫竜に脅威の排除をお願いすることを条件に許してもらえることはできないかと話した。

 黒猫竜本人は問題ないと話している。

 これが罪の意識から出たものなのか、そもそも破滅願望があるのかで言えば前者だろう。

 できることならやる、と黒猫竜はガガルガに話してくれた。

 と言っても俺が通訳しているのだが。

 そして将来的には子猫竜が成人……成獣? してからの話もした。

 俺も含めて、モチと黒猫竜達で何かしら手助けすることは可能だと。

 例えば災害が発生した時は猫竜の力というのは大いに役立つだろう。

 探知もそうだし、膂力もある。

 そうした将来的な恩返しの場面を用意することで、どうにかこの事件の解決をお願いした。

 ただ、あるかもしれないしないかもしれない場面だ。

 今の俺にはこれしか用意できないのが本当に心苦しい。


「……」

「お願いします。どうか許してやってください」


 居住まいを正し、床に額を擦り付けて懇願する。

 どうにか、命だけでも助けたかった。


「顔を上げるんだ、クライン」

「……はい」

「ちょっと大げさに考え過ぎじゃないか?」

「はい? いや、でも、牛を奪われたんですよ? 生活に必要な」

「そうだが、たかが牛だ。いや、されど牛ではあるが、どこまでいっても牛は牛だ。大事なのは俺達の命だ。そしてそれは今回、奪われていない」


 命の優先順位、か。

 確かに家畜よりも同じ里の人間の方が優先順位は高いだろう。

 命の価値は等しくとも、順番は確かに存在する。

 論争になりそうな話だが、ここは日本じゃない。

 場所も違えば価値観も変わるのだ。


「一番優先すべき命を優先した。ただ、それだけの話だよ、これは」

「では……」

「俺は許そう! 大体、こんなに愛らしい子猫竜たちをどうにかできるはずもないだろう!?」

「あっ、ありがとうございます……!」


 ガガルガがおいでおいで~と笑顔で手招きするが、子猫竜達はビビッて俺の後ろに隠れてしまう。

 隠れきれずにおしくらまんじゅうしながらキャイキャイと遊んでいる。

 本当に、こんなに愛らしい生き物、保護したくなるよなぁ。

 しかしそんな情に訴えるような話でもなく、理性としてガガルガは許してくれた。

 本当に嬉しい。


「ほら、お前も頭下げて」

「ニャアン」


 俺が言うと黒猫竜も『申し訳なかった』と言ってペコリと頭を下げた。


「ハハッ、話せば分かる奴じゃないか。よし、今日は盛大に祝おうじゃないか! 待ってろ、子牛を一頭持ってくるからな!」

「ちょ、昨日も今日も食ってたらいなくなっちゃいますよ!」


 俺の声は届かず、ガガルガは壁に掛けてあった馬鹿みたいにでかい鉈を手に家を飛び出していった。

 それからしばらくして外から呼ばれたので皆で行くと、大きな焚火で豪快に焼かれている開かれた子牛と対面した。

 シカやウサギを食べてる身としてはそれ程ショッキングな光景ではなかったが、なかなか見ない光景で驚いた。

 開いた牛の中にガサガサと焼けた炭を入れて中からも豪快に焼いていくガガルガ。

 じっくり遠火よりは早く火が通るとはいえ、むちゃくちゃ過ぎる。


「ほれ、皆で食え! 母さん、お酒!」


 大丈夫かこれ、と思いながらナイフで切り取ってちょっとついてた炭を払ってから口へ運ぶ。


「んっ! 美味しい……!」


 想像とは裏腹に普通に美味しかった。

 複雑に絡み合ったスパイスが口の中にぶわーーーって広がって気持ち良い。

 子猫竜には少し刺激が強いかなって思って与えるべきか考えていたらいつの間にか黒猫竜が噛みちぎって与えていた。

 美味しそうに食べているのを見ていると俺の杞憂なんてしょうもないなと、自然と笑っていた。

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