第92話 すまなかった。

 突然の暴力に開いた口が塞がらなかった。

 ギリギリ子猫竜達が走り出さないように抱き抱えた俺を褒めてやりたい。

 土煙が舞い上がる。

 少ししてそれが納まるとパラパラと小石が転がり、崩れた崖の中の黒猫竜が起き上がった。

 まだダメージが大きいのか、モチを睨むのが精いっぱいのようだ。

 その視線が俺へと向いた。

 俺の腕の中には黒猫竜の子供たち。

 子供たちがにゃあ、にゃあと鳴く。

 その途端、黒猫竜が牙を剥いて吠えた。

 しかしモチがそれを一発殴って黙らせた。

 そして子猫竜同様、首根っこを咥えてずるずるとこちらへ引きずってきた。

 先程の一撃で抵抗する気力もなくなったのか、されるがままの黒猫竜。

 どさりと地面に落とされ、赤い目で俺をジッと見上げる。


「にゃあん」


 モチの一言に黒猫竜が目を見開いた。

 『お前の一撃でこの子たちは死ぬところだった。親としてお前は失格だ』

 まさにその通りではあるのだが、これを言われると黒猫竜としてもきついところだろう。

 モチや冒険者という脅威から子を守ろうとしたはずの行動が、逆に子を殺し掛けたのだから。

 やるせないだろうな……俺だったらと思うと、どうしてもこいつを責めることができなかった。


「……ニャアン」


 初めて黒猫竜が鳴いた。

 その言葉は『すまなかった』。

 誰に向けての言葉なのか、もしかしたらこの場にいる全員に向けての言葉なのか。

 いや、きっとこれまでのこと、全てに対しての謝罪なんじゃないだろうか。

 灰爬族と魔狼族に迷惑を掛け、俺とモチに奇襲を仕掛け、ケットとイリスを狙った。

 これまでの行い、全てに対する反省と後悔が黒猫竜の様子から伺えた。

 何故、俺にこの黒猫竜の言葉が分かるのかは、分からない。

 でも考えたところでしょうがない。

 分からないことを考え続けてもしょうがない。

 だから俺は何も考えず、今できることだけをした。


「大変だったな……お前はよく頑張ったよ」


 そう言って、黒猫竜の頭を優しく撫でた。

 黒猫竜はその感触を噛み締めるように、ギュッと目を閉じた。



             □   □   □   □



 崖上まで戻ると、ケイたちがこちらへ駆けてきた。


「怪我はないか!?」

「あぁ、ちょっと転がったけれど、切ってもないし折れてもいないよ」

「そりゃよかった。で? 全部解決か?」 


 ケイは俺の腕の中と頭にしがみ付く子猫竜達を見て笑う。

 うーん……と少し考える。


「半分の半分、ってところかな。まだ灰爬族と魔狼族に話してないし、コルタナへの報告も残ってる」

「報告だけじゃねーか。ほぼ解決だろ」


 実際にはそうかもしれないが、大本にある俺の願望がまだ叶えられていない。

 それが為されて初めて、全て解決となるのだ。

 だが一先ず、黒猫竜問題に関しては解決と言えるだろう。

 これ以上被害がでることはないのは確かなのだから。


「それで、これからどうするの?」


 頭の上にいる子猫竜を撫でながらケットが尋ねてくる。


「できればこの子らを引き取りたいって思ってる。親の黒猫竜含めてね」

「それは……大変じゃない?」


 大変だろうなって思う。

 でもこれは最初から考えていたことだった。

 この黒猫竜を殺したくない。

 しかし黒猫竜は誰かから奪わなければ子供を育てることができない。

 ならば、俺が与えられる立場になればいいんじゃないかと。

 別にそんな偉い立場にいる訳ではないと思っているけれど、助け合って生きていけたらそれはとても素晴らしいことなんじゃないかなって、そう思った。

 それに、奪うのはやめて狩りだけで育てろと言って放置するのはあまりにも無責任だ。

 ならば他の里と連携してこの子たちを育てられたら、将来的にも役に立ってくれるだろうし、俺も各里と結びつきを強くできる。

 打算的な面もあっての考えなのは生きる上でしょうがないとは言え、説得材料には十分に思える。

 討伐を依頼してきたコルタナはこれで何とか説得するつもりだ。

 コルタナが持つ『考えなしのクライン』というレッテルを剥がすことに繋がれば、尚良いだろう。


「俺の小さな里は住民を随時募集中なんだ。面接はするけどな」

「ふふ、この子たちが元気に暮らせるといいね」

「あぁ。……それで、色々と聞きたいんだけど、いいかな」


 視線をケットから黒猫竜へと移す。

 モチから喰らったダメージの殆どは回復しているようだが、抵抗する素振りは一切ない。

 これならもうちゃんと会話できるだろうと思い、話し掛けた。

 黒猫竜は少し俯いて、顔を上げて、子供たちを見る。

 心配そうに黒猫竜を見返す子供たちに向けて一言、鳴いた。

 『すまなかったな』と。


 それから黒猫竜は俺に全て話してくれた。

 内容は大体俺の予想通りだった。

 この出産シーズンに子を産んだ母猫竜が衰弱して亡くなってしまったこと。

 それから子供の乳の為に乳牛を奪い、生餌として鶏を盗んだこと。

 どこか落ち着く場所が欲しくて崖下の洞窟を見つけたが、上の台地に棲んでたコボルトが鬱陶しくて追い払ったこと。

 鶏で狩りを覚えさせながら、二つの里の資源を奪って生活していたこと。

 全て話した黒猫竜は、自分の命で子供たちを助けてもらえないかと交渉してきた。


「馬鹿野郎、お前は子供から父親まで奪うのか?」

「……」

「お前のことは俺が絶対に守るから、安心しろ」

「ニャアン」


 ありがとう、と頭を下げる黒猫竜をギュッと抱き締めて撫でまわす。

 モチとは違う毛の感触だ……スベスベしてて気持ち良い。

 毛の流れとは逆に撫でるとビシビシと毛先が攻撃してきて、痛気持ち良いのも最高だ。

 あぁ、なんて素晴らしいんだ……猫竜という生き物は……!


「クラインくん、顔が気持ち悪いよ」

「涎、出てる」

「なっ、気持ち悪くないし涎も出てない!」


 服の袖で涎を拭きながら、ゆっくりと立ち上がる。

 負ったダメージも回復したようで、歩けるようになっていた。

 俺が十分動けそうなことを確認したケイが、組んでいた腕を解いて笑顔で言った。


「よし、帰るか!」


 その言葉がどれ程嬉しかったか。

 誰の命も奪わずに問題を解決できた。

 ……と言っても奪われた乳牛や鶏には悪いことをしたが。

 それでも目的は達成できたと言っていいだろう。

 あとは残った問題を解決するだけだ。

 まずは最初の説得をする為、俺達は魔狼族の里へと戻ることにした。

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