第23話 鉄鉱石を売る。

 ギルドを後にした俺はモチと一緒にアンスバッハの町を歩いていた。

 流石、交易で栄えた町だけあって多くの人が行き交っている。


「それにしても凄い人の数だな……」

「……」


 エオニス家が鎮座する町エオニアもそれなりに栄えてはいたが、ここはそれ以上の盛り上がりを見せていた。

 すれ違う人達もそれぞれ服装や雰囲気も違って面白い。

 ターバンを巻いている異国風の人達や、全身をローブで隠しためちゃくちゃ背が高い人達。

 中にはケモ耳を生やした人間じゃない人種もいたりして、まさにカオス。

 だが、いいカオスだった。

 そこはかとなく入り乱れつつ、しかし不思議な調和がある町。

 それが俺が抱いたアンスバッハの印象だった。

 町の入口の方では皆驚いたような顔をしていたが、ここまで奥まで来るとカオスに紛れてモチを見て驚く人も少ない。

 むしろ大荷物を下げたモチにぶつからないように避けてくれていた。

 これは少し反省だ。気を遣わせてしまった。


「荷車作るか……いや、むしろそれも買うか?」

「にゃあん」


 買った荷物をどうするか問題がある。

 今ある大量の荷物は売れれば減るが、それで得たお金で買った荷物をどうするかという話だ。

 人気のない路地とかでクラフトブックに仕舞ってしまえば解決するのだが、万が一見られた場合は面倒臭いことになる。

 それを警戒してここまでモチに運んできてもらったんだし。

 町を出た後は本の中に入れられるけれど、それまではちゃんと運ばないと駄目だな。


「よし、買おう。そしてその為にもこの鉱石達を売らねば……おっ」


 今後の予定が決まったところで耳にカン! カン! という金属を叩く甲高い音が聞こえてきた。

 それはずっと探していた音だった。

 モチを連れて音の鳴る方へ行くと、探していた店が見つかった。


「あったぞ、鍛冶屋さん」


 鉄鉱石を売るならどこかと考えた時、俺の中では鍛冶屋さんしかなかった。

 鍛冶師の皆さんならこの鉄の良さに気付いてくれるだろうし。

 そう思って工房の中を覗く。

 そこには多くの職人たちが一心不乱になって鉄を打っていた。

 その中でもひと際体格が大きい男と目が合った。


「なんだぁ、何か用か!?」


 ふいごの音や燃え盛る炭の音、鉄を打つ音で掻き消されるからか、声がとても大きい。

 その体格と声量から発せられる圧は物凄かった。

 だがその圧に負けていては鉄は売れない。

 ぎゅっと拳を握り、負けじと大声で手短に要件を伝える。


「鉄鉱石を売りたいんです!」

「間に合ってるよ!」

「そう言わず、見るだけでも!」

「……チッ、見せてみろ!」


 舌打ちが出てきてしまったが、無事に対応してもらえるようで安心した。

 俺はすぐにモチに下げた風呂敷から中鉄鉱石を取り出す。

 一応、何かあっては良くないと思って一度もクラフトブックには入れなかった。

 ガチャ岩の時に大量に産出した中鉄鉱石の一部だ。

 大男は俺が両手で持っていた鉄鉱石を片手で掴み、重さを確かめるように何度か軽く放っては受け止める。


「内容量は十分だな」

「質も良いですよ」

「それは焼いてみてからだな。……おい!」


 大男は職人の1人を呼びつけ、鉄鉱石を手渡す。

 おいだけで指示は通ったようで、職人は燃え盛る炭の中に鉄鉱石を入れて焼き始めた。


「しばらく掛かるから、その辺散歩でもしてこいや」

「はい、よろしくお願いいたします!」

「おう」


 絶対門前払いだと思っていた飛び込み営業だったが、予想に反して受け入れてもらえた。

 まだ結果は出てないが、それだけでも嬉しかった。

 鉄鉱石はまだまだあるし、今焼かれてるものは試供品として渡してもいいくらいには満足していた。

 むしろ、こういうところで投資できなければ成功はないだろう。


 鍛冶屋さんを後にした俺は、言われた通り散策を始めた。

 もちろん、モチは大荷物を持ってるし、これを降ろすのはちょっと危機感がなさすぎるので移動範囲は最小限にした。

 散策と言っても、ちょっと景色の良さそうな場所に座って見てるだけだ。

 しかしそれでも十分楽しかった。

 人波を縫うように駆け抜ける風は森のものとは全然違って、人の香りがした。

 雨露に濡れた土の匂いや、生い茂る葉の香りとも違う、懐かしい香りだった。


「にゃあん」

「うん? あぁ、お腹空いたな……でもモチ、俺たち、今はお金ないからご飯食べられないよ」

「……」

「ここでクラフトブック出す訳にもいかないし、もうちょっと我慢してくれよ。絶対何か食べさせてあげるからさ」

「ふん」


 手厳しいモチさんの鼻鳴らしに俺はぽりぽりと頭を掻くことしかできなかった。




 暫く町を眺めた後に鍛冶屋さんに戻ると、工房主の大柄な男が俺の方に歩み寄ってきた。

 眉間に皺を寄せて、とても顔が怖い。


「お前さん、名は?」

「クラインです」

「俺はデリングだ。またよろしく頼むぜ」

「えっ、じゃあ……!」


 俺の手に大きな革袋が乗せられる。

 凄く重たいそれの中身はお金だった。

 

「そっちの鉄鉱石も全部買い取らせてくれ。そんで、できればもしまた売る時は是非ともうちに卸してくれると嬉しい」

「あっ、はい……はい!」


 十分なお金は信頼の証だった。

 俺はすぐにモチの背中から下げていた鉄鉱石を降ろすとそれを全てデリングさんへと渡した。

 対価は今貰った分だ。

 まとめて頂いたお金をモチへ預ける。


「なんだ、鞄の1つくらい持ってないのか?」

「あはは……身一つでやってきたんで」

「おい、鞄持ってきてやれ!」


 デリングさんは職人の1人に声を掛ける。

 断る間もないまま、俺の手には年季の入った立派な革のリュックが乗せられた。

 それにお金が入った革袋を入れて背負う。

 この重みはこれまで俺が頑張ってきたものだと思うと、とても心地良かった。


「何から何まで本当にありがとうございます、デリングさん」

「礼を言いたいのはこっちだ、クライン。これからよろしくな!」


 差し出された手をギュッと握る。

 大きなゴツゴツとした職人の手は俺の手を握り潰さんばかりに力が入っていて、とても痛かったが、それ以上に嬉しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る