第97話 大団円。
コルタナの執務室を出ると、壁に背を預けていたガトロがこちらへ歩いてくる。
目線で外を指し示すのでそれに頷き、後をついていく。
屋敷を出て、しかし来た道へ戻ることはなく、別の方向へと歩き始めた。
ケイと顔を見合わせて首を傾げ合う。
しかし収穫祭以外の来訪というイレギュラーな状況下だ。
勝手な行動は極力したくない俺達は静かに後をついていった。
「よし、着いたぞ」
「着いたぞってお前……」
「食堂、だな」
開けっ放しの入口の上には『巨大樹食堂』という何とも分かりやすいネーミングの看板が掲げられていた。
「どう見ても食堂だろ。入るぞ」
何を当たり前のことを言ってるんだという顔で溜息を吐いたガトロがさっさと中へと入って行ってしまった。
「お、おい!」
「行くしかないんじゃないか? ちょっと怖いけど」
「あぁ、もう」
ケイの嘆きはごもっともだが、やはり別行動程怖いことはない。
二人揃って大人しく中へと入ることにした。
店内はそれ程広い造りではなかった。
隣並んで二人座るの限界のサイズの机を椅子が4脚ずつ。
そんな簡素な4人用テーブル席が全部で6つ、狭い間隔で置かれている。
そして奥にはメニュー表と注文カウンター。
これだけだ。
まるで大衆食堂そのままのイメージが形になったような、こんな状況じゃなければ懐かしさすら感じてしまう場所だった。
そんな店内にはガトロ以外の客が3人、1つのテーブルに固まって座っていた。
入店してきた俺たちに驚いたような顔をしていたが、ガトロが手招きしているのに気付いて上げかけた腰を下ろしてくれた。
何だか申し訳ない気持ちで会釈をしてガトロの座るテーブル席へと着席する。
「おい……!」
「水は自分で汲むのがここのルールだ。そこに幹から引いた蛇口があるから」
「いや、そうじゃなくてだな」
セルフサービスなのは別に良いよ、慣れてるし。
勿論、俺たちが苦言を呈したいのはそういうことではなく、この状況で飯を食おうとしていることについてだった。
「帰りたいんですけど? 人も待たせてるし、普通に今の時期は居心地悪いって」
「まぁまぁ。これもコルタナ様の指示なんだよ」
「指示? どういうことだ?」
尋ねるとガトロは席を立ってカウンター横の木製のカップを3つ取って水を汲み、注ぎ入れる。
それを俺たちの前に置いてから、自分の分を一口飲んだ。
「収穫祭以前と以降の出入りを解禁しようと思ってるそうなんだ」
「マジかよ。1年中開けるのか」
「あぁ、近い将来な。だが里は収穫祭時期のみって固定概念があるから、その打破を目的にちょっと目に映るように動いてるんだよ」
「だからわざと人目のある場所を歩いて、施設を利用してるんだな」
「そういうことだ。さて、何食う?」
妙な行動理由に納得したら、次は場所が場所だからかお腹が空いてきた。
そういえば今日はまだ何も食べてなかったな……。
外にいるイリス達には悪いが、これも今後の友好関係の為と称して先に腹ごしらえをさせてもらうとしよう。
「奢りだよな?」
「もちろん。経費だ」
「うっひょ~」
そうと分かれば嬉しそうにカウンター上に書かれたメニューを眺め始めるケイ。
この適応能力は見習うべきか否か、少しだけ悩みながら俺もメニューを眺めた。
結局2人して肉系の料理を注文し、ガトロは野菜炒め風の料理を注文していた。
満腹になった腹を撫でさすったケイが店先で笑う。
「いやー食った食った!」
「いや、食いすぎだろ。この後も移動するんだぞ?」
「脇腹痛くなるだろうな~」
なんて話をしていると会計を終えたガトロが出てきた。
二人でガトロに向かって腰を折って頭を下げる。
「ごちそうさまでした!」
「もうお腹いっぱいだ!」
「いいか、経費ってのは申請して、それから振り込まれるんだ。それまで俺の財布はすっからかんな訳だが、お前らそれをちゃんと分かってて食ったんだよな?」
「もっちろん、ありがたくいただいたぜ」
「はぁ~……」
まぁガトロくらいの位置の人間なら他よりもスムーズに手続きされるだろう。
あとお前らと言われたが俺は腹八分目までしか食べてない。
主にアホ程食ったのはケイである。
そこだけはしっかり抗議したい。
「さてと……中でも話したが、これから定期的に各里の人間を招いて印象付けが始まると思う。もしまた呼ばれて、都合が悪くなかったら遊びに来てくれ」
「もちろんだとも。そん時ぁまた飯奢ってくれよ。経費なんだからさ」
「お前だけは経費外だ、馬鹿野郎」
「なーんでだよぉ!」
当然だと思ったので俺もうんうんと頷いておく。
そんなやり取りもすぐに終わり、そろそろ町を出る時間となった。
流石に今日は移動という訳にはいかなくなったから野宿かなぁ。
思ったよりも時間を食ってしまった。
でもこれが外交の第一歩だと思えば、来て良かったなと思えた。
町の端の昇降機で下りて、結界の手前まで来るとガトロが立ち止まる。
「そのまま行けば元の場所に出るはずだ」
「おう。ありがとうな」
「じゃあ、また」
「あぁ。達者でな」
ガトロに手を振り、結界の奥へと進む。
来た時はいつの間にか景色が変わっていたから、今度こそ境目を見てやろうと意気込んで歩いたが、結局いつの間にか景色が変わっていた。
サクサクと落ち葉を踏みしめながら歩いていくと、倉庫の前で焚火をしているケットと目が合った。
「あ、おかえりなさい」
「ただいま」
「どう、だった?」
駆け寄ってきたケットが不安そうに俺とケイを交互に見る。
ケイと視線を交わし、2人して親指を立ててケットへ応える。
ぱぁっと表情を明るくしたケットが踵を返して倉庫の方へ走っていった。
扉を開けると中から子猫竜たちが転がり出てきて、その後から黒猫竜がゆっくりと出てくる。
その黒猫竜の首にケットが抱き着き、良かったねと話していた。
目を見開いた黒猫竜と目が合う。
状況を理解した黒猫竜は、静かに目を閉じて目礼をした。
「大団円、ってことでいいよな?」
「当たり前だろ。お前が頑張った結果だ。盛大に祝おうぜ」
「そうだな……ありがとう」
熱くなる目頭を抑えなかった。
溢れる雫が流れ落ちていくのを止めなかった。
ケイが俺の肩を、強く叩いた。
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