第15話 耳の長い長老 -1-
(生きてここまで戻れてよかった・・・)
今、私は蒼月さんと分かれ道の分岐点に戻ってきて、改めて安堵に胸を撫で下ろす。蒼月さんは相変わらず何も語らないまま、人や動物の描かれた看板の方に歩を進める。
「あの・・・すみません!」
そんな彼を呼び止めて、確認する。
「この看板にはなんて書いてあるんですか?」
2枚の看板を指差す私に、彼はこう答えた。
「こちらは墓場、こちらはイチノマチ。」
予想通りの回答だ。
「この絵は?この絵は一体なんなんですか?」
じゃあこの四角は一体なんなのか、疑問は今のうちに解いておきたい。さもないと、この先自分の直感を信じられなくなってしまう。
「墓石と、人混みだろう。」
おかしなもので、そう言われたら、確かにそう見えてくる。
人混みの方は合っていた。ただ、墓石は全く想像つかなかった・・・
「墓石かぁ・・・・」
そうつぶやいた私に、蒼月さんが問いかける。
「なんだと思ったんだ?」
訝しげな顔で私を見る彼に、
「高層ビル・・・・この世界にあるわけないから違うって思いましたけど・・・こちらが街かなと思っちゃいました・・・」
えへへと少し恥ずかしそうに答えると、そんな私を見て、蒼月さんはフッと目を細めて微かに笑った。
あれ?今まで緊張しててそれどころじゃなかったけれど、蒼月さんって整った顔をしているな・・・なんて思ってしまう。
「ほら、そろそろ行くぞ。」
看板の疑問も解けたと思ったのか、蒼月さんはイチノマチへの道へと足を踏み入れて、また歩き始めた。
「高層ビルか・・・・確かにこの世界にはないな。」
相変わらず前を向いたまま、静かに、噛み締めるように蒼月さんが言う。この世界にはないのに知っているのはなぜだろう。素朴な疑問が口からこぼれた。
「え!蒼月さん、高層ビルを見たことがあるんですか?」
ちょっと勢いづいた私に驚いたのか、彼は一瞬振り返って私を見たが、すぐにまた前を向いてしまう。
「いや、実物を見たことはないが、人間界から戻ったものたちから聞いたことがある。ものすごい高さの鋼の建物があちこちに建っていると。照相(しょうぞう)を見せてもらったこともある。」
聞きなれない言葉が口から出る。
「照相(しょうぞう)・・・?」
「ああ、おまえたちの世界では写真と呼ばれていると言っていたか。」
(へえ、この世界では写真は照相(しょうぞう)って呼ばれているのか。)
勉強になったな、などと思いながら、また別の疑問が湧いてきた。
「人間界から戻ったものたち、ってどういうことですか?」
「写真を持って返ってきたってこと?それともこの世界で現像することができるってこと?」
「妖怪たちはなんのために人間界に行ったんですか?」
矢継ぎ早に質問を繰り返す私に、
「その質問には、いつか機会があったら答えよう。ほら、着いたぞ。」
気がつくと目の前には人が行き交う広い道が伸びている。
道沿いには家が並んでおり、あちらこちらで立ち話をしている妖怪たちが目に入る。
家は木造の平家もしくは2階建てといったところだろうか。引き戸がついていて、開けっぱなしになっている家もある。
先ほどはあまり気にしていなかったけれど、人の姿をしている妖怪たちは皆着物を来ている。中には例外もいるけれど、大体の人はそんな感じだ。
そう、例えるならば、時代劇の世界だ。
ふと隣に立っている蒼月さんを見上げる。
彼もまた黒い着物にカーキの帯を締めている。
(うん、やっぱり改めて見てもかっこいい。)
気持ちに余裕が出てきたのか、そんなことを考えながらサラサラの銀髪がかかる顔を見上げていると、
「さて、おまえはこれからどうするつもりだ?」
突然目を合わせて投げられた至極当たり前の問いかけに、胸が跳ねた。
「長老のお屋敷に行きたいんです!」
ドキドキを悟られないようにわざと元気に声を上げた私に、
「では、私の案内はここまでだな。」
何食わぬ顔のまま彼が指をさした先には、他の家より大きな、いかにも「お屋敷」という感じの門が見えた。
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