第163話 秘密の開示 -4-
人の気配を感じて、眠りの世界から意識が呼び戻された。
(琴音・・・?)
目を閉じたままでも気配や匂いは感じることができる。
彼女はすぐに部屋を出て行ってしまったが、身体に木綿の上掛けがかかっていることから、おそらくそのために入室したのだろう。
じっと目を閉じたままその気配を感じていたが、足音が遠くなり、完全に聞こえなくなると、
「はぁ・・・」
横になったままゆっくりと息をつき、片腕を額に乗せた。
(まあ、そうだろうな。最近は
避けるという手段に出るしかない自分が、なんとも情けない。
元々嫌いで避けているわけではないのだ。
それゆえ、冷たい態度を取らねばならぬときは、俺もそれなりに心が痛む。そして、その度に「俺は一体いつまでこんな馬鹿げたことをしなければならないのか」と自分に問いかけて自分に呆れる。
そんな日々の繰り返しの中で分かったこと。
それは、避ければ避けるほど、琴音のことを考える時間が増えてしまうという逆効果に陥っているということだ。
かといって、避けることをやめたら、今まで以上に琴音への気持ちが強くなってしまうかもしれない。
「ははは・・・」
不意に乾いた笑いが漏れる。というのも、今日、こんな俺を見かねたのか、小鞠殿が部屋まで訪ねてきた時に言った言葉を思い出したからだ。
『おぬし、本当に蒼月か?』
冗談まじりにそう切り出した小鞠殿は、こう続けた。
『わらわの知る蒼月は、己の感情にこんなにも臆病になる男ではないぞ。特に、
『・・・それは皮肉か?』
『さあの。だが、おぬしがこんなにうじうじしておるのを見るのは新鮮じゃ。おぬしはもっと堂々と「おまえも俺を好きだろう?」くらい言ってしまうような男じゃからな。』
小鞠殿が持ってきてくれた茶を飲みながら話を聞いていた俺は、その言葉に茶を吹き出した。
自分がそんな発言をするような男だとは思っていなかったが、確かに、今まで
なのに、琴音に対しては・・・なぜこうも臆病になっているのか。
美琴の時もそうだ。初めて出会った瞬間から自然と引き寄せられ、迷うことなくその関係を築いた。
そんな俺が、こんなに一人の
小鞠殿はそんな俺に楽しそうにこんなことも言った。
『・・・まあ、こんな風に悩むおぬしも、わらわは嫌いではないがな。その歳でようやく少しは可愛げが出たのう。』
その言葉にはいろいろと思うところはあるが、小鞠殿なりの励ましと受け取った。
理由・・・
それは、恐怖だ。
共に生きられる時間が異なることへの、恐怖だ。
もっと言えば、また俺だけが取り残されてしまうことへの恐怖だ。
心底愛した者が、自分だけを残していなくなってしまう。あんな経験はもうしたくない。
何度も浮かんでは消えるこの感情をここ数日何度も繰り返し感じてきた。しかし・・・
(なんだ・・・?)
(ちょっと・・・・待て。)
不意にある仮説が浮かんできて、衝撃を受ける。
「・・・いや、ありえない。」
声に出して否定してみる。それなのに、否定するたびに心の奥で確信が強まるような気がした。
(そんなはずはない。俺は・・・俺は・・・)
深呼吸を繰り返しても、この感情を押し込めることはできなかった。
たまらず起き上がり、両手で髪をかきむしると、胸の上に置いていた本が上掛けから畳の上に転がり落ちる。
静かな空間に、俺の呼吸だけが響き渡る。
「まさか・・・」
もう一度深呼吸をして、両手で顔を覆った俺は、その予想外の・・・しかし、事実であると認めざるを得ない仮説を無意識に口にした。
「俺にとって・・・琴音はすでに生涯を共にしたい存在なのか・・・?」
まだ知り合って
それなのに、「これからもっと知っていきたい」を通り越して、すでに一緒に未来を過ごしていくという前提で考えているとでもいうのか?
まさか・・・
でも、そうじゃないとこの葛藤に説明がつかない。
ただ一緒にいるだけ、日々を過ごすだけであれば、そんな先のことで恐怖に駆られる必要はないのだ。
婚姻状態となったのは美琴だけだが、今まで恋仲となった相手は美琴だけではない。
それなのに・・・
琴音とは恋仲でもないのに、一緒に未来を歩んでいくことを前提でその先に起こるであろう恐怖を感じているのだ。
否定しようとしても、全ての思考がそこに行き着く。琴音と共に過ごす日々が、俺の中で次第に「当たり前」ではなく「特別」に変わっていった。
気づかないうちに、俺は彼女を未来に存在する存在として捉えていたのだということをまざまざと感じさせられる。
「おい・・・気持ち悪いぞ?」
自分自身に苦笑しながらも、認めざるを得なかった。この感情がただの弟子への情ではないことを。
琴音は、もう俺の中で「ただの弟子」ではない。これから先もできる限り長く共にありたい。しかし、それは無理だと分かっている。だからこそ、この感情から逃れようとしてきた。
だが、逃げられない。
もう、その事実からは逃れられない。
「はぁ・・・」
俺はもう一度深く息を吐くと、
「いい加減・・・認めるしかないか・・・」
そうつぶやいた瞬間、胸の奥に広がったのは、恐怖ではなく・・・彼女と過ごす未来を思い描いた時の、温かな光だった。
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