第46話 襲来 -8-
両目に手ぬぐいを押し当ててしばらくそこで泣きじゃくる私のそばで、蒼月さんは何も言わず、ただそこにいてくれた。
一通り気の済むまで泣いた後、
「はぁ・・・・」
と息を吐き出すと同時に、猛烈な羞恥に襲われる。
(恥っず・・・・///)
大人になってから、人前でこんなに思いっきり泣いた記憶がない。家族の前ですらほとんどないのだから。
手ぬぐいに顔を押し当てたまま、気まずすぎてどうしようかと考えていると、
「気は済んだか?」
と優しい声がして、恐る恐る手ぬぐいを外して顔を上げると、
「目が腫れて別人のようだぞ。」
と蒼月さんが笑った。
その言葉に抗議をしようと口を開きかけたけど、
「疲れたから歩いて帰ろうと思っていたが・・・・
そう言い終わるかどうかというタイミングで、身体がふわりと宙に浮いた。
その浮遊感に、自分がどうなっているかを改めて認識する。
(ちょちょちょ・・・・こ、これは・・・・・・!)
その姿に、今度はただただ恥ずかしくて顔に手ぬぐいを押し付ける。
(お姫様抱っこは反則〜〜〜〜!!!)
そんな私に構うことなく、蒼月さんはまたもや空に向かって口笛を吹くと、高く跳んでは遠くに着地、を繰り返し、どんどん先に進んで行く。
「暴れると落ちるぞ・・・しっかりと捕まっていろ。」
(わわわわわ・・・)
バランスを崩しそうになり、言われるままに蒼月さんの首に手を回す。そうすることで顔と顔の距離が近くなり、さらに体温が上がる。
そんな私の様子に気付いているのかいないのか、蒼月さんは涼しい顔で前だけを見ている。
少しして心臓のドキドキが落ち着いてくると、逆にえもいわれぬ安心感に包まれる。
(この人のことは何も知らない・・・でも、この温もりはずっと前から知っている気がする・・・)
そうして強張る身体から力を抜き、蒼月さんの胸に寄りかかる。すると、やはりとても安心する自分がいる。
周りの景色を眺める余裕も出てきた。
(これがあやかしの世界・・・市ノ街か・・・)
暗闇に点々と浮かび上がるオレンジ色の明かりが、やけに温かく見える。
程なくして街に入ると、今度は屋根の上をポンポンと軽快に跳んで行き、あっという間に長老のお屋敷の門の前に着くと、そこで初めて私を地面に下ろした。
「あらあら。琴音さん、ご無事で何よりですわ。」
おそらく気にして待っていてくれたのだろう。玄関から千鶴さんと月影さんが駆け寄ってくる。
「蒼月さん、お手数をおかけしました。こちらで対応できず申し訳ありません・・・」
そう言って月影さんが蒼月さんに頭を下げるのをみて、私も慌てて頭を下げる。
「本当に、ありがとうございました。」
そんな私たちに、蒼月さんが
「いや、月影は
そう言って、思い出したかのように懐から守り水晶を取り出して、私の首にかける。
「大事な時に持っていないのでは意味がない。今後は屋敷の外に出る時は必ず携帯するように。」
本当に・・・これさえ持っていれば蒼月さんに怪我をさせることはなかったかもしれないのだ。(まあ、すぐに治しちゃってたけど。)
「はい・・・気を付けます・・・」
素直に謝る私をみて、蒼月さんがうなずく。
そこに、いつの間にか外に出てきていた長老が声をかける。
「とにかく、琴音殿が無事でよかった。蒼月、何か報告はあるか?」
蒼月さんがうなずいて長老のそばに歩を進めると、千鶴さんが私に向かって微笑みながら
「まずは湯浴みをして、その後お食事にいたしましょう。お腹空いていらっしゃいますよね?」
と言ったのと同時に、こともあろうかお腹がぐううと鳴ったので、それを聞いた千鶴さんはくすくすと笑いながら、
「先にお食事にしましょうか?」
と言った。
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