第45話 襲来 -7-

ドクドクドクドク・・・・


強くて早い鼓動が私のものなのか蒼月さんのものなのかはわからない。

鼓動が聞こえてくる以外は、まるで時間が止まったかのような感覚に陥る。周囲の喧騒や自然の音が一切消え、世界に私たち二人だけが存在しているような錯覚を覚える。蒼月さんの体温がじんわりと伝わり、その温もりに包まれていると、不思議な安心感が心を満たしていく。

私はしばらくの間、蒼月さんの温もりに包まれながらその音を聞いていたけれど、ふと抱きしめられる腕に力が入った気がして、顔を上げる。


「蒼月・・・さん?」


見上げると、蒼月さんは一瞬ハッとした表情を浮かべ、その瞳には一瞬の驚きと困惑が交錯していた。

彼の腕の中で感じる温もりと、その強さに心が揺れる。

しかし、蒼月さんはゆっくりと腕を解き、それからやや厳しい顔になって


「せっかく助けたのに、自ら死にに行くな!」


それだけ言うと、くるりと踵を返して、


「帰るぞ!」


と歩き出してしまった。


(また怒らせてしまった・・・)


蒼月さんの力強さと優しさに触れるたび、私は彼の存在がますます気になってしまう。

しかし、番所ではあまり感情を表さない蒼月さんを、こうも何度も怒らせているのは多分私だけだと言う自覚もあるので、私の気持ちとは反対に嫌われていくばかりだと思うと切ない。

面倒ばかり起こす私を邪魔だな、早く人間界に帰ってくれないかな、って思ってるんだろうな・・・

わずかな月明かりの他は闇に包まれた周囲の景色が、まるで私の心情を映し出しているかのようだ。

「早く消えろ!」と妖狐に放った言葉を思い出し、まるで自分に言われているように感じて胸が痛む。


トボトボと蒼月さんが灯す鬼火のような明かりを頼りに後をついて歩きながら、涙がじわっと浮かんでくる。


そのせいで視界も滲んでくるもんだから、


「いたっ!」


道端の石ころにつまづいて転びそうになる。


少し先を歩いていた蒼月さんが、ため息をついてこちらに近づいてくる。


(また怒られる・・・)


そう思った瞬間、情けなくて、悲しくて、涙がポロリと頬を伝ったことに気がついて、見られないように俯く。


「おまえは一体・・・」


近くまで来た蒼月さんが、そう言って私の顔を覗き込む。

そこで、私の涙に気がついたのだろう・・・


「なぜ泣いている?」


私の顔がよく見えるように鬼火を近付け、意味がわからないという顔で、私の目を見て問いかけるから、


「自分が情けなくて・・・恥ずかしくて・・・」


俯いたまま今の気持ちを言葉にすると、


「・・・まあ、人間なんて、この世界では弱い生き物だ。気にするな。」


そう言ってたもとから手ぬぐいを取り出すと、もう一方の大きな手を私の頬に当てて俯いた顔を上げさせ、涙を拭った。


突然のことにびっくりして手ぬぐいを掴むと、


「洗ってあるぞ。」


と困ったような顔で笑う。


張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったからなのか、いつもは冷たい蒼月さんが優しい言葉をかけてくれたからなのか、なぜかは分からないけれど感情が溢れ出す。


違うのに・・・そんなことを気にしているわけではないのに・・・説明したくても言葉が出ない。


代わりに出てくるのは嗚咽と涙ばかりで、気がつくと手ぬぐいを握ったまま、私はその場で子供みたいに声をあげて泣いていた。

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