第179話 境界線を超える予感 -2-

和やかな雰囲気の中、蒼月さんに言われて結界を解く。


結界が解かれたことを確認した蒼月さんは、妖具屋で選んだ小物が包まれた風呂敷包みを広げた。

扇子、小さなメモ帳のようなもの、それと、冊子が2冊。


それぞれの使い方について、蒼月さんが説明をしてくれた。


扇子は妖力を集めて放出しやすくなる役割を持っている。

慣れてくるとこのような小道具がなくても自分の指先一つで妖術を繰り出せるようになるそうなのだが、感覚が掴めるまでは道具があった方がやりやすいのだそうだ。

指先だけで妖術を使えるようになっても好んで道具を使い続けるあやかしも一定数いるらしい。


メモ帳は見たままの通り、必要なことをメモするためのもの。

ただし、筆は不要で、指先でなぞることで文字を書くことができるらしい。仕組みとしては、妖力と反応する紙が使われているとのことで、消す時はそう念じてなぞるだけ。


冊子は子供向けの練習帳のようなもの。

それぞれの元素ごとに扱いやすい簡単な妖術についての説明が書かれている。私は水と氷を一冊ずつもらった。図解になっていてわかりやすい。


とりあえず、今日からは蒼月さんとの鍛錬の時間は、これらを使って妖術について学んでいくことになる。


それにしても・・・


「ん?どうした?」


最近、蒼月さんの糖度が高い気がする。

少し前に「なんだか優しさが増している気がする」と思ったことはあったけれど、それとは比にならない「甘さ」なのだ。


今もこうして私の顔を覗き込むその整った顔が、私を容赦なくドキドキさせている。


(これは、私にだけ?それとも、他の女の人にもこんな感じなの?)


そう思って思い返すと、この前お店で会った美人さんにも甘い顔を見せていた。

そういえば、お見合いのことも「みことさん」のことも聞けていない。最大の関心事なのに、同じくらい聞くのが怖いという気持ちもあって、タイミングを外した今、気軽に聞くことができずにいる。


「いえ、なんでもありません。」


そう言って笑顔を返すものの、うまく笑えているかどうか少し不安になる。

そんな私を蒼月さんが観察するように見てくるから、この場をどう切り抜けたらいいか、一生懸命考えているのだけれど、やればやるほど墓穴を掘る気がして、


「なんか・・・緊張しますね。今日から妖術を学べるなんて。」


と、適当な言い訳をつけた。


すると、そこに廊下から軽やかな鼻唄が聞こえてきた。小鞠さんかな?と思っていると、やはりそれは小鞠さんだった。


「おぬしたち、そろそろ昼餉ひるげにしようぞ。」


開いたままの障子から部屋を覗き込んでそう言った小鞠さんは、畳の上に広げられている小道具を見て、


「おお、懐かしいな。」


と顔をほころばせた。小鞠さんも小さい時に使ったことがあるのかなと思い、何気なく、


「小鞠さんも使われてたんですか?」


と聞いたのだけれど、返ってきたのは予想外の答えだった。


「いや、蒼月がむかーし使っておったなあと思ってな。もっとも、蒼月は元素は違うが・・・。わらわが子供の時代は、こんなものはなかったからのう。」


・・・小鞠さん、一体何歳なんだろう・・・・


思わず言葉を失った私を見て、蒼月さんは苦笑いをしながら、


「よくそんなこと覚えているな。」


と言いながら、練習帳を拾い上げてパラパラと中をめくる。確かに懐かしそうな優しい目でページをめくる蒼月さんを見て、ふと違和感が生じた。


「あれ・・・?子供の頃?」


その違和感を無意識につぶやいた私に、小鞠さんは少し驚いた顔をして蒼月さんを見た。すると、蒼月さんはなんだ?という顔をして小鞠さんを見返す。そんな蒼月さんに、小鞠さんはやれやれというジェスチャーをした後で、


「この家は、元は、蒼月の実家なのじゃ。おぬし、言ってなかったのか?」


と言った。


「実家!?」


思わず発したその言葉には、いろいろな意味が込められていた。

何年前からあるのかとか、なぜ蒼月さんだけが今も実家に住んでいるのかとか、小鞠さんはなぜその実家に蒼月さんが子供の頃から住んでいるのかとかだ。

すると、蒼月さんは少し困惑した様子で、


「いや・・・特に言う必要もないかと・・・」


その言葉に他意がないのはわかっている。だけど、「おまえには関係のないこと」と言われた気がして悲しくなってしまう。

好きな人には色々と話したくなってしまう私は、蒼月さんにとって、私はやっぱりそういう対象じゃないのだな、と、さっきまでのふわふわした状態から、一気に突き落とされた気持ちになった。


だけど、そんなことを顔に出してはいけない。そう思って、頑張って笑顔を作った私は、


「あ、そういえば、小鞠さん、お昼に誘いにきてくださったんですよね?」


不自然かもしれないけれど、話題を変えた。

そんな私に、小鞠さんは少しだけ何か言いたげな目を向けたものの、


「おお。そうじゃった。食堂に参ろうぞ。」


そう言って、「ほらほら」と私たちを立ち上がらせると、食堂へといざなった。

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