第26話 あやかしの世界を学ぶ -3-
蒼月さんの視線に気づいた翔夜くんが、そっと私の手を離す。
「蒼月さん、おかえりなさい。」
さっきとは別人のように表情を引き締めて居住まいを正してゆっくりと立ち上がった翔夜くんが、蒼月さんに歩み寄る。
それを見た子供たちまで同じように居住まいを正すから、私もそれに倣ってきちんと正座をした。
「今日は疲れたので屋敷に帰る・・・あとは頼んだ。」
翔夜くんをちらりと見てそう言うと、月影さんに何かを伝えた蒼月さんは、番所の奥へと消えて行った。
蒼月さんが去った後も静かな空気がしばらく漂っていたけれど、やがて翔夜くんが柔らかな笑顔で場を和ませるように言った。
「さあ、みんな、学びの続きをしよう。琴音ちゃんも、少し学びの様子を見ていかないか?」
子供たちは一斉に「はーい!」と元気よく答え、再び最初にいた場所に戻った。
「琴音もこっちにおいでよ!」
子供たちに促されるまま、みんなの近くに腰を下ろす。
そうして月影さんの授業は再開し、千鶴さんは
「私は先に帰りますけれど、帰りは影さんと一緒に帰ってきてくださいね。」
そう言って番所を後にした。
月影さんが子供たちに教えていたのは、まさに今私が必要としている文字の読み書きで、小一時間ほどの授業が終わる頃には、簡単な文字なら読めるようになっていた。
「琴音すごい!」
子供たちが口々に褒めてくれる。
ここでの言葉は日本語によく似ていて、ひらがなのような文字と漢字のような文字の2種類がある。
ひらがなのような文字、あやかし文字と呼ぼう、これはひらがなのように50文字程度しかなく、覚えるのはさほど難しくない。
そして、驚いたことに、このあやかし文字は、見かけはひらがなとは異なるものの、発音はひらがなそのものなのだ。
そう。あいうえお、かきくけこと続くあれだ。
(だから話し言葉には違和感がないのか・・・)
異世界なのに言葉が通じるのは、異世界ファンタジーのご都合設定だと思っていた。
だけど、実際にはこの世界の言葉が日本語に非常に近いからこそ、違和感なく会話ができるのだと気がついた。
授業が終わると子どもたちはそれぞれ家に帰って行き、広間には月影さんと私だけが残された。
翔夜くんは授業が再開すると同時に見回りに行ってくると言って出て行ったままだ。
静かになった居間で、月影さんに質問する。
「千鶴さんからここは番所だとお聞きしたんですが、具体的にはどんなことをなさっているんですか?」
その質問に、首を傾げてうーんとあごを撫でたあと、月影さんは説明を始めた。
「ここは、本来は街の治安を守るためにあるんだけれど、この街は幸いなことに凶悪な事件はほとんどないんだよね。喧嘩や盗みはまああるけれど、大抵は俺たちが駆けつける前に街の人によって解決してることが多くてさ。」
へえ、街全体で治安維持への参加がなされているのは、すごい。
「ただ、たまに妖力が暴走して街の人じゃどうにもできないってことが起きた時は、ここの者たちが対応するって感じかな。」
その言葉から、ここにいる人たちの妖力が普通より強いことが伺える。
「あの翔夜くんも?」
女たらしっぽい翔夜くんにそんなに強い妖力があるなんて信じられず、思わず聞いてしまう。
「ははは。翔夜はああ見えて優秀なんだよ。空も飛べるし変化の腕も一流だしね。おまけにかなりすばしっこい。他にもいろいろできる期待の若者さ。」
人は見かけに依らないとはまさにこのこと・・・
「まるでそんな風には見えなかったけど・・・ちょっと見る目変わるな。」
月影さんからの評判に、少しだけ見直す。
「ちょっとかよー。俺のかっこいいとこいっぱい見せてやるから、今度逢引しようぜー。」
すると、突然そんな言葉と共に、翔夜くんが戻ってきた。
本気かどうかもわからないデートのお誘いに、私が答えあぐねていると、
「そんなに軽く誘っても、琴音ちゃんは落とせないぞ。俺たちはもう帰るから、戸締りよろしくな。」
月影さんが助け舟を出してくれて、
「ちぇー。」
口を尖らして拗ねる翔夜くんを残して、私たちは番所を後にした。
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