第65話 蒼月邸での鍛錬 -5-

申し送りをしている蒼月さんの声を聞きながら、私は深い緊張感に包まれていた。


今日から同じ屋根の下で暮らすなんて、今までとはわけが違う。もちろん、やましいことは考えていないけれど、接する時間が増えることで、気持ちが浮つかないようにするのは難しい。私自身に言い聞かせるようにしても、気持ちが揺らいでしまう。


(だって・・・かっこいいんだもん・・・困るよ。)


と、自分の気持ちを他責にしてみたりするが、あまり意味がないのはわかっている。どんな理由があろうと、修行は真剣に取り組まなければならない。


(ダメだ・・・ちゃんと真面目にやらなければ・・・)


軽く咳払いをしてから影葉茶を一口飲み、深呼吸を繰り返す。目を閉じて、スーーーーーー、ハーーーーーー、と何度か息を整えていると、突然声を掛けられた。


「荷物はこれだけか?」


ハッとして目を開けると、私物の風呂敷包みに向かう蒼月さんがいた。私は慌てて立ち上がり、荷物の方に歩を進めた。


「はい。」


「そうか。では、行くか。」


その言葉に心臓がドクンと大きく音を立てる。その動揺を隠すように、はい、と小さく返事をして急いで風呂敷包みを抱き上げる。それから蒼月さんの後について、広間の小上がりで脱いだ草履を履く。


「月影、それでは後は頼んだぞ。」


その声に釣られて私も月影さんを見る。月影さんはにこやかに手を振っている。


「琴音ちゃん、修行頑張ってね!」


その言葉に、心から感謝しながら返事をする。


「はい、頑張ります!」


深くお辞儀をして頭を下げると、すでに少し先を歩いている蒼月さんを追いかけるように、早足で広間を後にする。

扉を開けると外は弱い風が吹いていて、その瞬間、空気が肌に触れ、わずかに涼しさを感じる。


番所の門を出て振り返ると、月影さんが微笑みながら手を振っているのが見えた。

その姿に勇気づけられ、私は蒼月さんの後に続いた。

番所に面した大通りから、すぐに裏道に入る。午後の昼下がり、大通りはたくさんのあやかしたちで賑わっていたけれど、裏道は人通りも少なく静かだ。

そんな静けさの中、蒼月さんと私の草履が地面を擦る音だけが響いている。


話しかけるべきか、静かについていくべきか・・・

私がそんなことを考えているなんて知る由もないはずだけど、突然蒼月さんは振り返ると、


「屋敷は番所の裏手にあるからすぐに着く。」


そう言ってまた前を向く。

そして、すぐに着くと言う言葉の通り、数分でお屋敷が現れた。


(ここが・・・)


長老のお屋敷には及ばないけれど、今まで見てきた普通のおうちよりは格段に大きく見える。古びた木製の門は、精緻な彫刻が施されいる。


門をくぐると、広い庭が広がっていた。庭には手入れの行き届いた緑が広がり、さまざまな植物が季節ごとに変わる花々を咲かせている。芝生は鮮やかで、ここで寝転んだら気持ちが良いだろうなと思わせる。

庭の奥には池があり、小さな橋が架かっている。その水面には、季節の花が浮かび、時折小鳥たちが水辺で遊ぶ姿が見られる。


(お庭の手入れが行き届いているけれど、誰が手入れをしているんだろう・・・?)


古風な外観の本邸は、木材の温かみと重厚感が感じられる。屋根には優雅に曲線を描いた瓦が並び、周囲の緑と調和している。建物の前に立つと、威厳のある佇まいが感じられ、まるで何世代にもわたってこの地に根付いてきたかのような存在感がある。建物の外壁には、年月を感じさせる風合いのある木材が使用されており、その美しさは周囲の景観と見事に調和している。


「趣のある素敵なお庭とお屋敷ですね。」


つい口を出てしまった言葉に蒼月さんは一瞬立ち止まり、それから庭に視線を送った後でこう答えた。


「そうだな・・・」


そして、少しの間庭を見つめた後、ハッとしたように視線を前に戻すと、再び歩き出した。


少しして玄関に到着すると、蒼月さんが木の引き戸をゆっくりと開く。

入ってすぐのところに履き物を納める棚があり、その上には小さな花瓶に生けられた花と茶香炉が置かれており、そこから香ばしいお茶の香りが微かに漂い、迎えてくれる空気がどこか安心感を与えてくれる。

がりかまちから続く廊下は、左側が庭に面しているのか、光が差し込んでいてとても明るい。


蒼月さんは草履を脱ぎ、廊下に足を踏み入れると、私を振り返って一言、


「遠慮なく上がれ。」


そう言って廊下をスタスタと歩き出す。

そんな蒼月さんに続くべく、私も慌てて草履を脱いで後を追う。

このお屋敷は、廊下に面したお部屋は全て襖で区切られていた長老のお屋敷とは異なり、どのお部屋も障子で区切られているように見える。

そうして通されたのは、庭に面した居間のようなお部屋だった。

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