第304話 約束 -1-

影渡かげわたりさんに日程の候補を見せられて、正直迷った。

気が変わらないうちに、怖気づかないうちに、ということであれば、今日の午後が最適だとは思ったけれど、もしも2度と帰って来られなくなってしまったら・・・と思ったら、お世話になった人たちには挨拶をしたいと思ったからだ。


なので、人間界に帰るのは翌日・・・つまり、明日の午前中と決めた。



そんなわけで、迎えに来てくれた蒼月さんにそう伝えると、「そうか、わかった」と静かにうなずいた後、いろいろなところに挨拶回りに連れて行ってくれた。


まずは長老と千鶴さん。

長老には改めて感謝され、千鶴さんは少し涙ぐんでいた。


次に、蒼月さんのご家族。

麗華さんは「なぜ戻る必要があるのですか?」ととても意外そうに言っていたけれど、人間界に放置してきた仕事に区切りをつけたいからだと説明をすると、すんなり納得してくれた。

さすがは大きな組織を管理しているだけのことはある。


煌月さんは稲荷評議会発行の何度も往来可能な通行証を持っているらしく、「もしもの時はいつでも連絡係に使って。」と言ってくれた。まあ、そうならないことを願っているけれど。


風華さんも悠華さんも、万が一戻って来れなかったら蒼月さんを人間界に送り込む、と言ってくれて心強い。


彗月くんと星華ちゃんにいたっては、もう大泣きで、私まで思わず釣られて泣きそうになった。

蒼月さんはそんな二人を見て、「なぜ数日しか一緒に過ごしていないのにそんなに懐かれているのだ?」としきりに首を傾げていたけれど、


「私、こう見えて子供には人気があるんですよ。ときめぐりに行った時も、会ったばかりのちっちゃな狐さんに結婚を申し込まれたことがあるくらいですから。」


ふと宵之守よいのかみのくんのことを思い出してそう言うと、気のせいか、部屋の中が一瞬静まったような気がした。


「あら。似たようなことをする子がいるのねえ・・・」


その静寂の中、麗華さんの声が部屋の中に凛と響くと、蒼月さんは苦笑いをしながら、


「まあ、子供なんてそんなものなのでしょう。」


と言った。


その言葉に、なんとなく蒼月さんも小さい時に同じようなことをしたことがあるんだろうなと思ったら、少し微笑ましくて笑ってしまう。


思わず、クスクスと笑いながら、


「それが蒼月さんの初恋ですか?」


と尋ねると、蒼月さんは懐かしそうに目を細めて、優しい顔で言った。


「ハハ・・・そうだったのだろうな。後先考えずに女子おなごに告白をしたのは、あれが最初で最後だ。」


後先考えずに、というのはどういう意味だろうと一瞬不思議には思ったものの、蒼月さんにもそんな幼少時代があったのかと思うと、なんだかとても癒される。


「ちっちゃな蒼月さんもかわいかったんだろうなあ・・・」


その頃の蒼月さんにも会ってみたかったな、と思って、思わずそんなことをつぶやくと、


「琴音ちゃん・・・それは幻想だよ。子供の頃の蒼月は、ほんっとうに真面目で融通の利かない扱いにくい子供だったから。」


煌月さんが苦々しい顔でそう言ったのを聞いて、笑ってしまった。


「うるさいぞ。兄上みたいに誰にでもヘラヘラといい顔している子供の方が問題だろう。」


同じように苦い顔をした蒼月さんの言葉を聞いて、なんだか無性に納得してしまう自分がいる。

この二人は、今も昔も性格は正反対で・・・だけど、いざという時は連携してお互いを支え合っているのを知っているからか、それはもうただの仲良し兄弟の言い争いにしか聞こえなかった。


「私・・・本当にこの世界にきてよかったな・・・」


思わず漏れた言葉に、みなさんの視線が集まる。


家族から離れてひとりぼっちで迷い込んできた私に、ここの人たちはみなさん、本当に親切にしてくれた。

最初こそ物珍しそうに遠巻きに見ていた人たちも、私に害がないとわかったら、どんどん仲良くしてくれた。


何も持たずにやってきたのに、今はこんなにたくさんの宝物で溢れた生活を送っているなんて、来たばかりの私に想像ができただろうか。


「帰りたく、ないな・・・」


ここでの生活を振り返ったら急に悲しくなってきて、帰りたくない気持ちが湧き上がる。


「帰らないでよ!ここにずっといてよ!」

「そうだよ!もう、蒼月おじさんのお嫁さんになってあげてよ!」


そう言って、彗月くんと星華ちゃんが泣き腫らした目をして私にしがみついてくる。


「何を言っているのだ・・・」


蒼月さんはやれやれといった様子で二人を私から離そうとしたけれど、星華ちゃんは再び私にしがみついて泣き始め、彗月くんは懐から何かを取り出してそれを私に押し付けながら、


「僕の宝物、あげるから!お願い!」


そう言って、やはり大きな声で泣き始めた。


こんなに懐いてくれるのは本当に嬉しいのだけれど、このままでは本当に人間界に帰りたくなくなってしまう。

押し付けられた巾着袋に手を添えると、中には何か固いものが入っているようだった。


「宝物って、なあに?」


宥めるように頭を撫でながら聞くと、ぐちゃぐちゃの顔で私を見上げた彗月くんは、


「ぐすっ・・・前に、天狗山で拾ったの!このぎょくには、いろんな人が入ってるんだよ!」


と涙声で言う。


正直何を言っているのかよくわからなくて、中を見てみようと「開けてもいい?」と声をかけると、コクリとうなずく。


それを見て巾着を手に取る。


深い緑の布地に、金の糸で刺繍がされた巾着・・・

花びらのようなもので描かれた円の中に、三日月が一つ。月の上には狐がちょこんと座っている。


「え・・・?」


その、とても優雅で美しい図柄を、私は前にも見たことがある・・・というか、持っている。

この刺繍の図柄は、ときめぐり宵之守よいのかみくんから貰った巾着に施されているものとまったく同じものだ。


「これは・・・?」


刺繍をじっと見つめる私に、蒼月さんがなんてことない様子で答える。


「それは、華月院家の家紋だが・・・」


その会話を聞いた星華ちゃんが、腕で涙を拭って私を見上げる。


「私も持ってるよ!」


そう言って懐から取り出した巾着は薄い紫色で、やはり同じ図柄が刺繍されている。


「何?琴音ちゃん、その刺繍が気に入ったの?ちなみに僕のはこれ、ね。」


煌月さんも同じように懐から取り出した巾着を見せてくれる。もちろん刺繍の図柄は同じ、色は落ち着いた赤・・・真紅といったところだろうか。


「色が・・・みなさん、違うんですね。」


と言うことは・・・私が持っているのは、この家系の誰かの巾着ということになる。


(これは意外すぎる展開だな・・・)


私が持っているのは瑠璃色だ。一体誰の持ち物なんだろう。

しかし、この家の人の名前は、女子は「華」が、男子は「月」がついているっぽいので、「宵之守よいのかみ」という名前の人はいなさそうだ。

とすると、分家・・・?


色々と考えて混乱していると、


「蒼月のも見せてさしあげたら?」


そう言ったのは麗華さんで、


「いいですけど・・・?」


なんなんだ?という顔をしながらも懐から取り出したは・・・


「うそ・・・」


私が持っているものより少し使い込まれた感じはあるものの、綺麗な瑠璃色をした巾着だった。

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