第303話 岐路 -7-

今日もまた影渡かげわたりさんのところに来ているのだけれど、少し待っていてとお茶を出されて、ぼんやりとお茶を飲んでいる。




しかし、あれは一体どういうことなのだろうか。

あれ、とは、そう、蒼月さんの草食ぶりについてだ。


昨日あれだけ盛り上がって、初めて唇以外に触れられた。

そうなると、これはもう、今日こそいたすでしょう・・・と思っていたのに、蒼月さんは突然我に返ったように落ち着きを取り戻すと、私の着衣の乱れを整えて、軽くため息をついた。


「流されるのは良くないな・・・」


その鉄のように強靭な忍耐力はどこから来るのか。

少なくとも私の元カレたちには、そんな忍耐力は備わっていなかった。


(どうして抱いてくれないんだろう・・・)


心の底からの疑問が胸いっぱいに広がってくる。すると、


「琴音さん・・・想いが口から溢れてますよ?」


フフッと笑いながら、影渡かげわたりさんが目の前にそっと腰掛けた。


「お待たせいたしました。」


(私、今、なんて言った?)


直前に考えていたことを思い出して、顔から火が出るくらい恥ずかしくなる。


「蒼月さんと琴音さんって、同じお屋敷に住んでいるのに、随分プラトニックな関係なんですね。」


影渡かげわたりさんがそう言うってことは、やはり私の考えも間違ってはいないのだろう。


「ちょっと聞いてもいいですか!?」


ずいっと身を乗り出して思わず影渡かげわたりさんに詰め寄ると、私はずっと気になっていたことを尋ねた。


「こちらの世界って・・・どうなんですか?」


詰め寄ったのは良いものの、いきなりこんな話を持ちかけていいものかと最後の最後に迷って、こんな言い方になってしまった。

しかし、影渡かげわたりさんはちゃんと理解してくれたようで、


「どうと言われましても・・・人間界とさほど変わらないと思いますよ。会ってその日にというのもあれば、婚姻までは・・・という人もまあ少ないですけどいますね。一般論としては普通に付き合ってたらしちゃうんじゃないですか?」


やっぱりそうだよね・・・


「お付き合いして1ヶ月くらいなんですけど・・・」


「まあ、しますね。」


そうなんだ・・・とすると、私かあちらかどちらかに問題がある可能性が出てくる。

なんだろう・・・何がいけないのだろう・・・

考えを巡らせてみたものの、自分側についてはわからない。


そうなると、蒼月さん側・・・?

あまりにセンシティブなことすぎて、本人に確認なんてできないし・・・っていうか、そもそも何を確認するつもりなのか・・・


私があまりにも思い詰めた表情をしていたのだろう。

影渡かげわたりさんは、


「まあ、そんなに深刻に考えなくても、そのうち・・・」


と言った後で、何かを思い出したように、


「あ、でも、蒼月さんがお相手と言うことは・・・」


と、何か思い当たることがあるような口ぶりでつぶやいた。


「え!影渡かげわたりさん、何かお心当たりが!?」


ばっと顔を上げた私に少し驚いた顔をした影渡かげわたりさんは、そうですね・・・と続けた後で、言った。


「もしかしたら、蒼月さんは琴音さんとの妖力の違いを気にしているのかもしれません。」


ぱあっと明るい顔で言われたその内容が、どうしても今の悩みとつながらなくて、思わず首を傾げてしまう。すると、影渡かげわたりさんは、あ・・・という顔をして説明をしてくれた。


「琴音さん、幻果げんかしずくって知ってます?」


そういえば、前に翔夜くんとご飯を食べた時に間違って飲んでしまった気分の良くなるお酒がそんな名前だったかもしれない。


「はい。前に間違って飲んだことがあります。」


「あ、そうなんですね。じゃあ、どんな感じになるかわかってるってことですね。」


そう言って、話を続ける。


「婚姻の契りを結んでいない状態で、事に及ぶ二人の妖力に差がありすぎると、妖力が小さい方は、妖力が大きい方の影響をとても受けるので、身体への負担が大きいんです。それを回避するために、妖力が小さい方は自然と一種の催淫状態に陥るようになっているのですが・・・まあ、なんとなくどんな感じになるかは想像できますよね?幻果げんかしずくの10倍以上・・・まあ、これは相手との妖力の差によりますが・・・そんな状態になるんですよ。」


んん・・・?

なんだか怪しい話になってきた・・・ぞ?


「単純に蒼月さんと琴音さんの妖力の差を考えると、おそらくそれはもう大変なことになるのではないか・・・と・・・」


そこまで言って影渡かげわたりさんが少し頬を赤らめたので、私も彼女が言わんとしていることを理解して頬が熱くなる。

なるほど・・・それは確かに一大事だ。


「つまり、蒼月さんとしては、そこまで我慢するしかない・・・って思ってる可能性が大いにあるんじゃないですか?」


「そうなんですね・・・」


確かに蒼月さんだったら、そちらの可能性が高い。


そこまで聞いて、なんだか色々とスッキリした。

結果的には婚姻の契りは結べないので、ずっとそういう状態が続くのだろうけれど、蒼月さんが草食なのではなく、私のために我慢してくれているのかもしれない、というだけで、むしろ申し訳ない気持ちが湧いてくる。


一人で妙に納得してうんうんとうなずいていると、影渡かげわたりさんはそんな私を見てクスリと笑いながら言った。


「だから、さっさと婚姻の契りを結んでしまうのが良いと思います。」


そんなことで結婚を決めるというのもいかがなものかとは思いつつも、まあ、どちらにせよそれは無理なので、影渡かげわたりさんには濁して答えることしかできない。


「ありがとうございます。今の話を聞いて、なんかスッキリしたので、そのうち蒼月さんともちゃんと話してみます・・・」


こうしてずっとモヤモヤしていたことに区切りがついたこともあり、気持ちもかなり整理ができた。

そんな心情が表情にも出ていたのだろう。


「では、スッキリとしたところで、人間界に戻る日を決めましょう。」


影渡かげわたりさんはそう言って横に置いていた連絡帳をパラパラとめくると、


「最速で今日の午後、明日の朝、どちらも可能ですよ。」


と、言った。

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